言志四録 / 言志耋録 第二百六条 名は実の賓なり
人皆謂實重名輕。固然。然名亦不容易。以其爲實之賓也。賓賢則主之賢可推。
新字:人皆謂実重名軽。固然。然名亦不容易。以其為実之賓也。賓賢則主之賢可推。
書き下し
人皆実は重く名は軽しと謂ふ。固より然り。然れども名も亦容易ならず。其の実の賓為るを以てなり。賓賢なれば則ち主の賢推すべし。
現代語訳
人はみな、実質は重く名声は軽いと言う。もちろんその通りである。しかし名声もまたおろそかにはできない。名は実の客人だからである。客人が立派であれば、主人の立派さも推し量ることができる。
解説
「名は実の賓なり」は『荘子』逍遥遊篇で、許由が堯の譲位を断る際に語った言葉です。本来は名など実に付随するだけの客にすぎないという、名を軽んじる文脈で使われます。一斎はこれを逆手に取り、客であればこそ、客が立派なら主人である実の立派さも推し量れると論じます。実が第一であることは認めつつ、良い評判はその人の実質を映すものとして軽視できないというのです。前条の「名利は厭ふべきに非ず」を受けた、均衡のとれた見方です。評判やブランドを軽んじて中身だけを誇るのも、中身がないのに評判だけを飾るのも偏りです。実を磨くことがおのずと名を立派にするという関係を考えさせます。
この章句が説くこと
名と実評判名声実質
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