言志四録 / 言志耋録 第百九十八条 智略と芸能を兼ぬる者は少なし
人有智略者。或無藝能。有藝能者。或無智畧。智略在心。藝能在身。兼之者少矣。
新字:人有智略者。或無芸能。有芸能者。或無智略。智略在心。芸能在身。兼之者少矣。
書き下し
人の智略有る者は、或は芸能無し。芸能有る者は、或は智略無し。智略は心に在り、芸能は身に在り。之を兼ぬる者は少なし。
現代語訳
人のなかで知恵や策略に優れた者は、ときに技芸をもたない。技芸をもつ者は、ときに知略をもたない。知略は心にあり、技芸は身にある。この両方を兼ね備える者は少ない。
解説
人の能力を「智略」と「芸能」の二つに分けた条です。智略は物事を見通し計画を立てる頭の働き、芸能は書画や武芸、職人の技のように身体に宿る熟練の技術を指します。一斎は、智略は心に、芸能は身にあるとして、その宿る場所が違うため両方を兼ねる人はまれだと言います。ここから続く数条は芸能をめぐる考察で、一斎の関心が人の能力のあり方に向かっていることが分かります。戦略を描くのは得意でも手を動かすのは苦手な人、現場の技は抜群でも全体を見るのは不得手な人。どちらも組織には欠かせません。一人に両方を求めるより、組み合わせて生かす発想のほうが現実的かもしれません。
この章句が説くこと
智略芸能能力適材適所人材
関連する章句
-
論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
-
言志四録・言志耋録 第百五十六条 人材を舎つるは尤も惜し世に惜しむべき者有り。亀玉の大宝、瓦礫に渾る、惜しむべし。希世の名剣、賤人之を佩ぶ、惜しむべし。非常の人材、舎てて用ゐざる、尤も惜しむべし。
-
言志四録・言志後録 第六十三条 人有りて人無し物其の所を得るを盛と為し、物其の所を失ふを衰と為す。天下人有りて人無く、財有りて財無き、是れを衰世と謂ふ。
-
論語・憲問篇子曰く、孟公綽は、趙・魏の老と為らば則ち優なり。以て滕・薛の大夫と為す可からず。
-
言志四録・言志後録 第二百十六条 人各々能有り人各々能有り。器使す可からざる無し。一技一芸、皆至理を寓す。詞章筆札の如きも亦是れ芸なり。蓋し器使中の一のみ。
-
『韓非子』難勢第四十夫れ良馬固車も、臧獲をして之を御せしむれば則ち人の笑ひと為り、玉良之を御すれば而ち日に千里を取る。車馬異なるに非ざるなり、或いは千里に至り、或いは人の笑ひと為る、則ち巧拙相去ること遠し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る