呻吟語 / 内篇・應務・至公の耳を以て至私の口を聽く
以至公之耳聽至私之口,舜、跖易名矣;以至公之心行至私之聞,黜陟易法矣。故兼聽則不蔽,精察則不眩,事可從容,不必急遽也。
新字:以至公之耳聴至私之口,舜、跖易名矣;以至公之心行至私之聞,黜陟易法矣。故兼聴則不蔽,精察則不眩,事可従容,不必急遽也。
書き下し
至公の耳を以て至私の口を聽かば、舜・跖名を易へん。至公の心を以て至私の聞を行はば、黜陟法を易へん。故に兼ね聽けば則ち蔽はれず、精しく察すれば則ち眩まず。事は從容たる可し、急遽なるを必せざるなり。
現代語訳
この上なく公平な耳で、この上なく私心に満ちた口を聞けば、舜と盗跖の名が入れ替わります。この上なく公平な心で、この上なく私心に満ちた聞き込みを行えば、退けると上げるの法が入れ替わります。だから広く聞けば覆われず、精しく察すれば眩みません。事はゆったりしてよく、急ぐ必要はありません。
解説
公平な態度が、そのままでは足りないことを示します。聞く耳が公平でも、語る口が私心に満ちていれば、善人と悪人が入れ替わる。判断の公正さは、材料の質に左右されるということです。だから広く聞き、精しく察する。そして急がなくてよいと添えられます。人事を扱う者への、具体的な手順になっています。人事を扱う者への、具体的な手順になっています。

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公平材料兼聴私心人事
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