言志四録 / 言志耋録 第百七十四条 傾蓋相遇ふは罕なり
幼不遜弟。長而無述。世多其人也。傾葢相遇。適乎我願。罕見斯人矣。
書き下し
幼にして遜弟ならず、長じて述ぶる無きは、世に其の人多し。傾蓋相遇ひて、我が願ひに適ふは、罕に斯の人を見る。
現代語訳
幼いときには目上に従順でなく、大人になっても人に語り伝えられるような善行がない、そういう人は世の中に多い。道でたまたま出会い、車の蓋を傾けて語り合うようにたちまち意気投合し、自分の願いにぴったりかなうような人には、めったに出会えない。
解説
前半は『論語』憲問篇で、孔子が旧友の原壌を「幼にして孫弟ならず、長じて述ぶる無く、老いて死せず、是を賊と為す」と叱った言葉を踏まえています。後半の「傾蓋」は、孔子が道で出会った程子と車の蓋を傾けて終日語り合ったという故事で、初対面で旧知のように心が通うことを言います。「我が願ひに適ふ」は『詩経』の「邂逅相遇ふ、我が願ひに適ふ」から取った句です。取るに足らない人は多く、心から通じ合える人はまれだ、という老境の嘆きです。だからこそ、そうした出会いに恵まれたときは大切にすべきだという含意も読み取れます。仕事の場でも、真に話の通じる相手を得ることがどれほど貴重かを思わせます。
この章句が説くこと
交友知己出会い人を見る目
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孔子家語・致思孔子郯に之く。程子に塗に遭い、蓋を傾けて語る。終日、甚だ相親しむ。顧みて子路に謂いて曰わく、「束帛を取りて以て先生に贈れ。」 子路屑然として対えて曰わく、「由之を聞く、士は中間せずして見えず、女は媒無くして嫁がず、君子は以て交礼せずと。」間有りて、又顧みて子路に謂う。子路又対うること初の如し。 孔子曰わく、「由よ、詩に云わずや、『美人一人有り、清揚宛たり。邂逅相遇う、我が願いに適う』と。今程子は、天下の賢士なり。斯に於て贈らずんば、則ち終身見る能わざるなり。小子之を行え。」
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人物志・接識同体を取れば、則ち論に接して相得るも、異体を取れば、久しきを歴ると雖も知らず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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