言志四録 / 言志耋録 第二百十七条 未だ見ざるの心友
世有未見之心友。有日見之疎交。物之睽合。歸於感應之厚薄。
新字:世有未見之心友。有日見之疎交。物之睽合。帰於感応之厚薄。
書き下し
世に未だ見ざるの心友有り、日に見るの疎交有り。物の睽合は、感応の厚薄に帰す。
現代語訳
世の中には、まだ会ったこともないのに心の通じ合う友がいる一方で、毎日顔を合わせていながら疎遠な交わりもある。物事が背き合うか合致するかは、心が感じ応じ合う度合いの厚い薄いに帰着する。
解説
人と人との親しさは、会う回数ではなく心の感応の深さで決まると説く一条です。「睽」は易の卦の名で背き離れること、「合」は合うことを言います。書物や書簡を通じて一度も会わずに志を通わせる友もいれば、毎日顔を合わせても心の通わない相手もいる。一斎は全国から門人が集まり、各地の学者と文通を重ねた人ですから、実感のこもった観察でしょう。易の「感応」は、陰陽が互いに感じて応じ合うことで万物が交わるという考えで、人間関係もその一つの現れと見ています。在宅勤務や遠隔のやりとりが増えた今、信頼が何によって育つのかを考える手がかりになります。
この章句が説くこと
交友感応信頼人間関係心
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