言志四録 / 言志耋録 第百四十七条 正語と悟語
凡事豫則立。不豫則廢。正語也。可用之家國。水到而渠成。菓熟而蒂落。悟語也。可用之一身。
新字:凡事予則立。不予則廃。正語也。可用之家国。水到而渠成。菓熟而蒂落。悟語也。可用之一身。
書き下し
「凡そ事豫めすれば則ち立ち、豫めせざれば則ち廃す」とは、正語なり。之を家国に用ふべし。「水到りて渠成り、菓熟して蒂落つ」とは、悟語なり。之を一身に用ふべし。
現代語訳
「およそ物事は、前もって準備すれば成り立ち、準備しなければ失敗する」(『中庸』)というのは、正面から道理を説いた言葉である。これは家や国を治めることに用いるべきである。「水が流れてくれば自然に溝ができ、果実が熟せばへたは自然に落ちる」というのは、悟りの境地から出た言葉である。これは自分一身の処し方に用いるべきである。
解説
性格の異なる二つの格言を並べ、使いどころを分けた一条です。『中庸』の「事豫めすれば則ち立つ」は、準備と計画の大切さを正面から説く「正語」で、家や国を治める公の場面に用いるべきだとします。一方、「水到りて渠成る」「菓熟して蒂落つ」は、時が満ちれば物事は自然に成るという「悟語」で、宋の蘇軾の文などに見える言い回しです。これは自分一身の進退に用いるべきだと一斎は言います。人を預かる立場では周到に備え、自分の栄達や評価については時が熟すのを待つ。どちらの言葉も正しいが、当てはめる場面を取り違えると害になる、という指摘は、組織の計画と個人の処し方を分けて考えるうえで示唆に富みます。
この章句が説くこと
予準備時機為政処世
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