言志四録 / 言志耋録 第百三十九条 長短は我に在り
怠惰之冬日。何其長也。勉强之夏日。何其短也。長短在我。不在日。有待之一年。何其久也。不待之一年。何其速也。久速在心。不在年。
新字:怠惰之冬日。何其長也。勉強之夏日。何其短也。長短在我。不在日。有待之一年。何其久也。不待之一年。何其速也。久速在心。不在年。
書き下し
怠惰の冬日は、何ぞ其れ長きや。勉強の夏日は、何ぞ其れ短きや。長短は我に在りて、日に在らず。待つ有るの一年は、何ぞ其れ久しきや。待たざるの一年は、何ぞ其れ速やかなるや。久速は心に在りて、年に在らず。
現代語訳
怠けて過ごす冬の日は、なんと長いことか。励んで過ごす夏の日は、なんと短いことか。長い短いは自分にあって、日にあるのではない。何かを待ちわびて過ごす一年は、なんと長いことか。何も待たずに過ごす一年は、なんと速いことか。長い速いは心にあって、年にあるのではない。
解説
時間の長短は暦ではなく、過ごす人の心が決めるという一条です。本来短いはずの冬の日も怠けて過ごせば長く、本来長い夏の日も励んで過ごせば短く感じる。何かを待ちわびる一年は長く、待つもののない一年はあっという間に過ぎる。昼の長さの逆転という意外な対比が効いています。前条で「俟たざるを以て俟つ」と述べたことを、時間の感覚から裏づけたようにも読めます。晩年の『言志耋録』らしく、限られた歳月をどう過ごすかへの関心もにじみます。仕事の時間が長く感じられるのか短く感じられるのか、その感覚そのものが、いまの取り組み方を映す鏡になるかもしれません。
この章句が説くこと
時間勉強怠惰心の持ち方老い
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