言志四録 / 言志耋録 第百二十条 我が感を慎む
愼我感。以觀彼應。觀彼應。以愼我感。
新字:慎我感。以観彼応。観彼応。以慎我感。
書き下し
我が感を慎みて、以て彼の応を観る。彼の応を観て、以て我が感を慎む。
現代語訳
自分の働きかけを慎んだうえで、相手の応じ方を観察する。相手の応じ方を観察して、それによって自分の働きかけを慎む。
解説
感応論の続きで、自分の働きかけと相手の反応をどう扱うかを、回文のような対句で示した一条です。まず自分の感、つまり相手への働きかけを慎み、そのうえで相手がどう応じるかを観る。そして相手の応じ方を観て、それを手がかりにまた自分の働きかけを慎む。前条で感と応が循環すると述べたのを、修養の方法に落とし込んだものと言えます。相手の反応は、自分の働きかけがどうであったかを映す鏡です。相手が冷ややかなら、まず自分の側に何があったかを省みる。部下や取引先の反応を評価するだけでなく、それを自分の関わり方を見直す材料にしているか、考えさせられる一条です。
この章句が説くこと
感応自省観察人間関係慎み
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