言志四録 / 言志耋録 第百十九条 我自ら感じて人感ず
我自感。而後人感之。
書き下し
我自ら感じて、而る後に人之に感ず。
現代語訳
自分がまず心から感じてこそ、その後で人もそれに感じるのである。
解説
感応を論じる一連の条の中の、ごく短い一条です。自分がまず心から感じ入ってこそ、人もそれに感じて動く、と一斎は言います。前条で感と応が循環することを述べましたが、その循環の起点は自分の側にあるというのです。自分が本気で心を動かされていないことを語っても、人の心は動きません。逆に、自分が深く感じたことは、言葉が拙くても不思議と相手に伝わるものです。人を動かそうとするとき、まず問われるのは話し方の技術ではなく、自分自身がどれだけそのことに感じているかでしょう。組織の方針や理念を伝える立場にある人にとって、自分がそれに本当に納得しているかを確かめる手がかりになります。
この章句が説くこと
感応率先共感熱意伝える力
関連する章句
-
論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
-
史記 秦本紀景公の母弟後子鍼寵有り。景公の母弟富む。或いは之を譖す。誅せられんことを恐れ、乃ち晋に奔る。車重千乗。晋の平公曰く、「后子富むこと此の如し、何を以て自ら亡ぐるや」と。対へて曰く、「秦公無道にして、誅を畏る。其の後世を待ちて乃ち帰らんと欲す」と。三十九年、楚の霊王彊く、諸侯を申に会し、盟主と為り、斉の慶封を殺す。景公立つこと四十年にして卒し、子哀公立つ。后子復た来たりて秦に帰る。哀公の八年、楚の公子棄疾霊王を弒して自立す。是を平王と為す。十一年、楚の平王来たりて秦の女を求めて太子建の妻と為さんとす。国に至るに、女好くして自ら之を娶る。十五年、楚の平王建を誅せんと欲す。建亡げ、伍子胥呉に奔る。晋の公室卑くして六卿彊く、内に相攻めんと欲す。是を以て久しく秦・晋相攻めず。三十一年、呉王闔閭伍子胥と楚を伐つ。楚王亡げて随に奔り、呉遂に郢に入る。楚の大夫申包胥来たりて急を告げ、七日食はず、日夜哭泣す。是に於て秦乃ち五百乗を発して楚を救ひ、呉の師を敗る。呉の師帰り、楚の昭王乃ち復た郢に入るを得たり。哀公立つこと三十六年にして卒す。太子夷公、夷公蚤く死して、立つを得ず。夷公の子を立つ。是を恵公と為す。恵公の元年、孔子魯の相事を行ふ。五年、晋の卿中行・范氏晋に反く。晋智氏・趙簡子をして之を攻めしむ。范・中行氏亡げて斉に奔る。恵公立つこと十年にして卒し、子悼公立つ。悼公の二年、斉の臣田乞其の君孺子を弒し、其の兄陽生を立つ。是を悼公と為す。六年、呉斉の師を敗る。斉人悼公を弒し、其の子簡公を立つ。九年、晋の定公呉王夫差と盟ひ、長を黄池に争ふ。卒に呉を先とす。呉彊く、中国を陵ぐ。十二年、斉の田常簡公を弒し、其の弟平公を立て、常之に相たり。十三年、楚陳を滅ぼす。
-
『春秋左氏伝』昭公四年 人と欲を同じくす殷は是を以って隕(お)ち、周は是を以って興る。夫れ豈に諸侯を爭はんや」と。乃ち楚の使を許す。叔向をして對へしめて曰く、「寡君社稷の事有り、是を以って春秋の時に諸侯に見ゆるを獲ず。君實に之を有(たも)つ、何ぞ命を辱くせん」と。椒舉遂に昏を請ふ。晉侯之を許す。楚子子產に問ひて曰く、「晉は其れ我に諸侯を許さんか」と。對へて曰く、「君に許さん。晉君は少安を事とし、諸侯に在らず。其の大夫は求むること多く、其の君を匡すこと莫し。宋の盟に在りて、又一の如しと曰ふ。若し君に許さずんば、將た焉んぞ之を用ゐん」と。王曰く、「諸侯其れ來らんか」と。對へて曰く、「必ず來らん。宋の盟に從ひ、君の歡を承け、大國を畏れず。何の故に來らざらん。來らざる者は、其れ魯・衛・曹・邾か。曹は宋を畏れ、邾は魯を畏れ、魯・衛は齊に偪(せま)られて晉に親しむ。唯だ是れ來らず。其の餘は君の及ぶ所なり、誰か敢へて至らざらん」と。王曰く、「然らば則ち吾が求むる所の者、可ならざる無きか」と。對へて曰く、「逞(こころよ)きを人に求むるは、不可なり。人と欲を同じくせば、盡く濟らん」と。
-
『夜船閑話』本文少焉、幽眼を開いて熟々視て、徐々として告げて曰く、我は是山中半死の陳人、櫨栗を拾ひ食ひ、麋鹿に伴つて睡る。此外更に何をか知らんや。自ら愧づ、遠く上人の来望を労することを、予即ち転々咨叩して休まず。
-
『驢鞍橋』卷上一日曰く、我六十余に成りてより、心相の一つ替はる事有り、亡者を吊ふにひしと心に請取り、身に引懸けて弔ふ位有り、或は火中に飛込んで苦に代る心に成り、或は翅籠有るをつゝと出て助けんと思ふ機の位に成り、或は子供堀堆に落つるを飛込んで取つて指上げる心相に成り、中々强う請取る也。総して亡者弔ひに出づると早や機自ら果し眼に成る也。
-
孟子・梁惠王章句下莊暴、孟子に見えて、曰く、「暴、王に見ゆ。王、暴に語ぐるに樂を好むを以てす。暴未だ以て對うる有らざるなり。」曰く、「樂を好むこと何如。」孟子曰く、「王の樂を好むこと甚しければ、則ち齊國は其れ庶幾からんか。」他日、王に見えて曰く、「王嘗て莊子に語ぐるに樂を好むを以てすと。諸れ有るか。」王色を變じて曰く、「寡人能く先王の樂を好むに非ざるなり。直だ世俗の樂を好むのみ。」曰く、「王の樂を好むこと甚しければ、則ち齊は其れ庶幾からんか。今の樂は猶ほ古の樂のごときなり。」曰く、「聞くことを得可きか。」曰く、「獨り樂を樂しむと、人と樂を樂しむと、孰れか樂しき。」曰く、「人と與にするに若かず。」曰く、「少と與に樂を樂しむと、衆と與に樂を樂しむと、孰れか樂しき。」曰く、「衆と與にするに若かず。」「臣請う、王の為に樂しみを言わん。今、王、此に鼓樂せんに、百姓、王の鐘鼓の聲・管籥(カン・ヤク)の音を聞き、舉(みな)首を疾ましめ頞(アツ)を蹙(しかめる)めて、相告げて曰く、『吾が王の鼓樂を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや。父子相見ず、兄弟妻子離散す。』今、王此に田獵せんに、百姓、王の車馬の音を聞き、羽旄(ウ・ボウ)の美を見て、舉首を疾ましめ頞を蹙めて相告げて曰く、『吾が王の田獵を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや。父子相見ず、兄弟妻子離散す。』此れ他無し、民と樂を同じくせざればなり。今、王此に鼓樂せんに、百姓、王の鐘鼓の聲、管籥の音を聞き、舉欣欣然として喜色有りて、相告げて曰く、『吾が王、疾病無きに庶幾からんか。何を以て能く鼓樂せんや。』今、王此に田獵せんに、百姓、王の車馬の音を聞き、羽旄の美を見て、舉欣欣然として喜色有りて、相告げて曰く、『吾が王、疾病無きに庶幾からんか。何を以て能く田獵せんや。』此れ他無し、民と樂を同じうすればなり。今、王、百姓と樂同じうすれば、則ち王たらん。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る