言志四録 / 言志耋録 第百十八条 感応は一理
感應一理。應又感於感。感又應於應。所以一也。
新字:感応一理。応又感於感。感又応於応。所以一也。
書き下し
感応は一理なり。応は又感に感じ、感は又応に応ず。一なる所以なり。
現代語訳
感と応とは一つの道理である。応じることはまた感じることに感じて起こり、感じることはまた応じることに応じて起こる。これこそが一つであるゆえんである。
解説
感応を論じる条の三つ目で、感と応の関係をさらに踏み込んで述べています。こちらが働きかけ(感)、相手が応じる(応)。しかし応じた相手の反応は、今度はこちらへの働きかけとなり、こちらはそれに応じる。感は応を生み、応はまた感となって、切れ目なく循環していきます。だから感と応は別々の二つではなく、一つの理なのだと一斎は言います。人間関係を一方通行ではなく、互いに影響し合い続ける往復の動きとしてとらえる見方です。相手の態度を変えたいと思うとき、それが自分の態度への応答でもあることに気づけるかどうか。関係の悪循環や好循環を考えるうえで示唆に富む一条です。
この章句が説くこと
感応相互作用人間関係循環
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