尚書 / 盤庚上
人惟求舊;器非求舊,惟新
新字:人惟求旧;器非求旧,惟新
書き下し
人は惟れ旧きを求め、器は旧きを求むるに非ず、惟れ新しきを求む。
現代語訳
人については古くからの付き合いを大切にするべきだが、道具については古いものを求めるのではなく、新しいものを求めるべきである。
解説
人間関係は積み重ねた時間そのものに価値があり、長年の信頼や理解は簡単には作り直せない。一方で道具や仕組みは、古いというだけで固執する理由にはならず、より良いものがあれば取り入れる柔軟さが求められる。何を守り続けるべきで、何を新しくしてよいのかを混同すると、大切な人間関係を軽んじたり、逆に不便な仕組みに固執したりしてしまう。この使い分けの感覚は、日々の判断に静かに効いてくる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
人間関係刷新使い分け
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『講孟余話』公孫丑下 第十一章「子、長者を絶つか、長者、子を絶つか」。行を留めんと欲する者、斉戒して宿を越え、然る後敢へて言ふ。而して孟子一言の応もなく、几に隠りて臥す。是れ俗論より云はば、長者子を絶つなり、孟子より客を絶つなり。然れども行を留むる者、慮ること子思に及ばず、是れ孟子の応ぜざる所以なれば、子長者を絶つなり、客より孟子を絶つなり。世間の事斯くの如き者甚だ多し。大抵俗論の見る所は形の上なり、君子の論ずる所は心なり。譬へば今我れ巧言令色を以て人に親しまんと欲す、人必ず我を容れず、是れ我仁鮮きを以てなり。然れば人我を容れざるに非ず、我人をして容れしめざるなり。是等を以て其の他を推知すべし。抑々余嘗て深く疑ふ、今の世臣子思の如き者なきか、君繆公の如き者なきか、又君臣共になきか、又君臣共にありて未だ相遇はざるか、臣君を絶つか、君臣を絶つか、是れ遂に知るべからざるなり。(第十四塲上)
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