尚書 / 盤庚上
人惟求舊;器非求舊,惟新
新字:人惟求旧;器非求旧,惟新
書き下し
人は惟れ旧きを求め、器は旧きを求むるに非ず、惟れ新しきを求む。
現代語訳
人については古くからの付き合いを大切にするべきだが、道具については古いものを求めるのではなく、新しいものを求めるべきである。
解説
人間関係は積み重ねた時間そのものに価値があり、長年の信頼や理解は簡単には作り直せない。一方で道具や仕組みは、古いというだけで固執する理由にはならず、より良いものがあれば取り入れる柔軟さが求められる。何を守り続けるべきで、何を新しくしてよいのかを混同すると、大切な人間関係を軽んじたり、逆に不便な仕組みに固執したりしてしまう。この使い分けの感覚は、日々の判断に静かに効いてくる。
この章句が説くこと
人間関係刷新使い分け
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