葉隠 / 聞書第十一
諸人主君に思ひ附き、諸朋輩思ひ合ふこと肝要なり。斯様に仕なす樣これあるなり。たとへ、御主人朋輩の内に惡しき事ありとも、それに理を附けて褒めて置くまでなり。斯様々々に宜しからざることありと聞きては、その儘隔たるものなり。人の心はやさしきものなる故、移り易きものなり。よき事ありと聞きては、その儘思ひ附くものなり。諸人主君に思ひ附き、諸朋輩思ひ合ふ様にするは、及ばざる事の様なれども、一人の力にて確かになるものなりと。
新字:諸人主君に思ひ附き、諸朋輩思ひ合ふこと肝要なり。斯様に仕なす様これあるなり。たとへ、御主人朋輩の内に悪しき事ありとも、それに理を附けて褒めて置くまでなり。斯様々々に宜しからざることありと聞きては、その儘隔たるものなり。人の心はやさしきものなる故、移り易きものなり。よき事ありと聞きては、その儘思ひ附くものなり。諸人主君に思ひ附き、諸朋輩思ひ合ふ様にするは、及ばざる事の様なれども、一人の力にて確かになるものなりと。
書き下し
諸人(しょにん)主君に思い附(つ)き、諸朋輩(しょほうばい)思い合うこと肝要(かんよう)なり。斯様(かよう)に仕(し)なす樣(よう)これあるなり。たとえ、御主人朋輩の内に惡(あ)しき事ありとも、それに理を附けて褒めて置くまでなり。斯様々々(かようかよう)に宜(よろ)しからざることありと聞きては、その儘(まま)隔たるものなり。人の心はやさしきものなる故(ゆえ)、移り易(やす)きものなり。よき事ありと聞きては、その儘思い附くものなり。諸人主君に思い附き、諸朋輩思い合う様にするは、及ばざる事の様なれども、一人の力にて確かになるものなりと。
現代語訳
みなが主君を慕い、朋輩どうしが互いに思い合うことが肝要である。それを実現するやり方がある。たとえ主君や朋輩に悪いところがあっても、それに理屈をつけて褒めておくだけでよい。「あの人にはこれこれ良くないところがある」と聞けば、人はそのまま相手から心が離れてしまうものだ。人の心は感じやすいものだから、移ろいやすい。「あの人には良いところがある」と聞けば、そのまま慕う気持ちがわいてくる。みなが主君を慕い、朋輩どうしが思い合うようにするのは、一見できそうにないことに思えるが、たった一人の力でも確かに実現できるものだ。
解説
この章句が説くこと
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