言志四録 / 言志耋録 第百十六条 穴蟻は雨を知る
天之將雨也。穴蟻知之。野之將霜也。草蟲知之。人心之有感應。亦與此同一理。
新字:天之将雨也。穴蟻知之。野之将霜也。草虫知之。人心之有感応。亦与此同一理。
書き下し
天の将に雨ふらんとするや、穴蟻之を知る。野の将に霜ふらんとするや、草虫之を知る。人心の感応有る、亦此と同一理なり。
現代語訳
空がまさに雨を降らせようとするとき、穴の中の蟻はそれを察知する。野にまさに霜が降りようとするとき、草むらの虫はそれを察知する。人の心に感応がはたらくのも、これと同じ道理である。
解説
ここから一斎は「感応」を主題に続けて条を立てます。感応とは、一方が働きかければもう一方が自然に応じるという、儒学で古くから説かれてきた相互のはたらきです。雨が降りそうになると穴の蟻がそれを知り、霜が降りそうになると草むらの虫がそれを知る。天地の気の変化に生き物が自然と応じるように、人の心もまた互いに感じ応じ合う、と一斎は言います。言葉にされなくても、人は相手の心の動きを感じ取るものだということでしょう。組織の雰囲気の変化を、現場の人がいち早く察知しているのもこの道理かもしれません。自分の心の動きが周りにどう伝わっているのかを考えるきっかけになる一条です。
この章句が説くこと
感応察知人心自然の理
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