言志四録 / 言志耋録 第百十一条 聖賢の是非は義理に在り
是非之心。人皆有之。但通俗之是非在利害。聖賢之是非在義理。是非在義理。則究亦有利而無害矣。
書き下し
是非の心は、人皆之有り。但だ通俗の是非は利害に在り、聖賢の是非は義理に在り。是非義理に在れば、則ち究に亦利有りて害無し。
現代語訳
善し悪しを判断する心は、人は誰でも持っている。ただ世間一般の善し悪しは利害を基準にしており、聖賢の善し悪しは義理(正しい道理)を基準にしている。善し悪しの基準が義理にあれば、結局のところ利があって害はないのである。
解説
「是非の心は、人皆之有り」は『孟子』告子上篇の言葉で、善悪を見分ける心は誰にも備わっているという性善説の一部です。一斎はこれを受けたうえで、その物差しに違いがあると言います。世間の是非は利害で決まり、聖賢の是非は義理で決まる。そして、義理を物差しにすれば、最後には利があって害はないと結びます。先に「便宜も亦義の中に在り」と述べた条と同じ考えで、義を先にすることは利を捨てることではなく、長い目で見て利を得る道だというのです。短期の損得と長期の筋の良さが食い違う場面は、仕事にはよくあります。何を基準に判断しているのかを問い直す手がかりになる一条です。
この章句が説くこと
是非義理利害判断孟子
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