言志四録 / 言志耋録 第八十五条 風雨霜露、教に非ざるは無し
春風以和人。雷霆以警人。霜露以肅人。冰雪以固人。風雨霜露無非敎。謂此之類也。
新字:春風以和人。雷霆以警人。霜露以粛人。冰雪以固人。風雨霜露無非教。謂此之類也。
書き下し
春風以て人を和し、雷霆以て人を警め、霜露以て人を粛し、氷雪以て人を固くす。「風雨霜露、教に非ざるは無し」とは、此の類を謂ふなり。
現代語訳
春風は人を和ませ、雷は人を戒め、霜や露は人を引き締め、氷や雪は人を強く固くする。『礼記』孔子閒居篇に「風雨霜露、教えでないものはない」とあるのは、このようなことを言うのである。
解説
『礼記』孔子閒居篇に「天に四時有り、春秋冬夏、風雨霜露、教に非ざるは無し」とあります。一斎はこれを具体的に言い換え、春風は人を和ませ、雷は人を戒め、霜露は人を引き締め、氷雪は人を鍛えて固くすると述べました。自然のあらゆる現象が、人を育てる教えになるということです。心地よい春風だけでなく、恐ろしい雷や厳しい氷雪にもそれぞれの教えがあります。天は言葉を発しないが、四季のめぐりそのものが教えだという考えは、先の「予言ふこと無からんと欲す」の条ともつながります。人を育てるには、穏やかに励ますときも、厳しく戒めるときもある。その使い分けを考える材料になる一条です。
この章句が説くこと
自然の教え人を育てる厳しさ四季礼記
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