言志四録 / 言志耋録 第七十五条 快楽は心に在り
人須要快樂。快樂。在心。不在事。
新字:人須要快楽。快楽。在心。不在事。
書き下し
人は須らく快楽なるを要すべし。快楽は心に在りて、事に在らず。
現代語訳
人は心楽しく過ごすことが必要である。その楽しさは心の中にあるのであって、外の出来事にあるのではない。
解説
人は楽しく生きなければならない、とまず一斎は肯定します。儒者というと禁欲的な印象がありますが、一斎は楽しむことそのものを否定していません。ただ、その楽しみは心の中にあって、外の出来事にあるのではないと言います。『論語』で孔子が、粗末な食事と水を飲み肘を枕にする暮らしの中にも楽しみはあると述べ、顔回の貧しさの中の楽しみをたたえたことに通じる考えです。外の出来事に楽しみを求めると、状況に左右されて落ち着くことがありません。心の内に楽しみの源を持つ人は、環境が変わっても揺らぎにくい。仕事のやりがいをどこに見いだすかを考えるとき、示唆を与えてくれる言葉です。
この章句が説くこと
快楽心幸福楽しみ自得
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