言志四録 / 南洲手抄
胸次清快、則人事百艱亦不阻。
書き下し
胸次清快なれば、則ち人事百艱亦阻せず。
現代語訳
胸の内が清らかに晴れ晴れとしていれば、人生のさまざまな困難(百艱)も、行く手を阻むものにはならない。
解説
心の状態が困難への対処を左右することを、簡潔に言い切った一条です。胸の内が清らかで晴れやかであれば(胸次清快)、人生に降りかかる数々の難事も、進む妨げにはならない、と。同じ困難でも、心が曇って重ければ壁に見え、心が澄んで軽ければ乗り越えられる。困難そのものより、それに向かう心のコンディションが結果を分けるのです。二番・八十六番・八十八番と続く「心を澄ませる」主題の、実践的な帰結でもあります。問題解決に必要なのは、技術や方策だけでなく、まず自分の心を晴らすこと。逆境に向き合う私たちに、心のコンディションを整える大切さを教える、短くも力強い一条です。
この章句が説くこと
胸次清快困難心のコンディション逆境
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