言志四録 / 言志耋録 第五十八条 吾が心を註脚と為す
人之生也直。當自反以吾心爲註脚。
新字:人之生也直。当自反以吾心為註脚。
書き下し
「人の生くるや直し」は、当に自ら反りみて、吾が心を以て註脚と為すべし。
現代語訳
『論語』雍也篇の「人が生きているのは、まっすぐであるからだ」という言葉は、自分自身に立ち返り、自分の心をもってその注釈とすべきである。
解説
『論語』雍也篇に「人の生くるや直し。之を罔くして生くるや、幸にして免るるのみ」とあります。人は本来まっすぐさによって生きており、それを曲げて生きているのは、たまたま災いを免れているにすぎない、という意味です。一斎は、この言葉の意味を注釈書に求めるのではなく、自分の心に立ち返って確かめよと言います。自分の心が注釈になる、という発想は、経書の言葉を外の知識としてではなく、自らの心で実証するものと考える一斎の学問観をよく示しています。陸象山の「六経は皆我が註脚」という言葉にも通じます。原則や理念を読むとき、それを自分の経験で裏づけられるかを問うことの大切さを思わせる一条です。
この章句が説くこと
直自反読書心学問観
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