言志四録 / 南洲手抄
心靜、方能知白日。眼明、始會識青天。此程伯氏之句也。青天白日、常在於我。宜掲之座右、以爲警戒。
新字:心静、方能知白日。眼明、始会識青天。此程伯氏之句也。青天白日、常在於我。宜掲之座右、以為警戒。
書き下し
心静にして、方に能く白日を知る。眼明かにして、始めて青天を識り会すと。此れ程伯氏の句なり。青天白日は、常に我に在り。宜しく之を座右に掲げて、以て警戒と為すべし。
現代語訳
心が静かであってこそ、初めて明るい日の光を知ることができる。眼が澄んでいてこそ、初めて青空を見分けることができる——これは程明道の句である。青空と白日(曇りのない明るい心)は、常に自分の中にある。この句を座右の銘として掲げ、自らの戒めとするのがよい。
解説
程明道の名句を掲げ、「曇りなき心は自分の中にある」と説いた一条です。心が静まってこそ日の光が分かり、眼が澄んでこそ青空が見える——つまり、明るい世界が見えるかどうかは、外の天気ではなく自分の心の状態次第だ、というのです。そして「青天白日(晴れやかな心)は常に我にあり」——本来、澄んだ心は誰の中にも備わっている。二番の「雲霧を払えば天青く日白し」とも響き合います。曇っているのは世界ではなく自分の心の方だと気づかせ、この句を座右に掲げよと勧めます。心の持ちようで世界の見え方が変わることを、静かに教えてくれる一条です。
この章句が説くこと
青天白日程明道心の静けさ座右の銘
関連する章句
-
言志四録・南洲手抄毀誉得喪は、真に是れ人生の雲霧、人をして昏迷せしむ。此の雲霧を一掃せば、則ち天青く日白し。
-
言志四録・南洲手抄人心の霊、太陽の如く然り。但だ克伐怨欲、雲霧四塞せば、此の霊烏くに在る。故に意を誠にする工夫は、雲霧を掃うて白日を仰ぐより先きなるは莫し。凡そ学を為すの要は、此よりして基を起す。故に曰ふ、誠は物の終始と。
-
言志四録・南洲手抄胸次清快なれば、則ち人事百艱亦阻せず。
-
言志四録・南洲手抄自ら彊めて息まざる時候は、心地光光明明にして、何の妄念游思有らん、何の嬰累罣想有らん。
-
菜根譚・前集心体光明なれば、暗室の中にも青天有り。念頭暗昧なれば、白日の下にも厲鬼を生ず。
-
伝習録・黄省曾録「聖人の知は、青天の日の如し。賢人は浮雲の天の日の如し。愚人は陰霾の天の日の如し。昏明の同じからざる有りと雖も、其の能く黒白を辨ずるは則ち一なり。昏黒の夜裏と雖も、亦た影影として黒白を見得たり。就ち是れ日の余光の未だ尽きざる処なり。困学の功夫も、亦た只だ這点の明処より精察し去るのみ」と。