言志四録 / 言志耋録 第五十一条 世習を祛ひて本心に復る
人爲童子時。全然本心。及稍長。私心稍生。旣成立。則更夾帶世習。而本心殆亡。故爲此學者。當能斬然祛此世習。以復本心。是爲要。
新字:人為童子時。全然本心。及稍長。私心稍生。既成立。則更夾帯世習。而本心殆亡。故為此学者。当能斬然祛此世習。以復本心。是為要。
書き下し
人の童子たる時は、全然たる本心なり。稍長ずるに及びて、私心稍生ず。既に成立すれば、則ち更に世習を夾帯して、本心殆ど亡ぶ。故に此の学を為す者は、当に能く斬然として此の世習を祛ひ、以て本心に復るべし。是れを要と為す。
現代語訳
人は子どものときは、まったく本心そのままである。少し成長すると、私心が少しずつ生じる。一人前になると、さらに世間の習わしを身にまとって、本心はほとんど失われてしまう。だからこの学問をする者は、きっぱりとこの世間の習わしを払いのけ、本心に立ち返らなければならない。これが肝要である。
解説
人が本心を失っていく過程を、子ども、少年、成人の三段階で描いた条です。子どもの頃は本心そのままだったのが、成長につれて私心が芽生え、大人になると世間の習わし、つまり「世習」をまとい、本心はほとんど見えなくなる。『孟子』の「大人は其の赤子の心を失はざる者なり」を思わせる考え方です。一斎は、学問の要はこの世習をきっぱりと払いのけて本心に還ることだと言います。世習には、組織の慣行や業界の常識のように、身につけるうちに疑わなくなったものも含まれるでしょう。経験を積むほど、何を当たり前と思い込んでいるのかを見直す機会は減っていきます。立ち止まって問い直す意味を考えさせる一条です。
この章句が説くこと
本心世習私心赤子の心学問
関連する章句
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る