言志四録 / 言志耋録 第四十八条 過失は多く喜怒の辺に在り
喜怒哀樂四情。在常人喜怒之發十六七。哀樂之發十三四。過失亦多在喜怒邊。可警。
新字:喜怒哀楽四情。在常人喜怒之発十六七。哀楽之発十三四。過失亦多在喜怒辺。可警。
書き下し
喜怒哀楽の四情、常人に在りては、喜怒の発は十に六七、哀楽の発は十に三四なり。過失も亦多く喜怒の辺に在り。警むべし。
現代語訳
喜・怒・哀・楽の四つの情は、普通の人の場合、喜びと怒りの表れが十のうち六、七、哀しみと楽しみの表れが十のうち三、四である。過ちもまた多くは喜びと怒りのあたりで起こる。戒めなければならない。
解説
喜怒哀楽の四つの感情のうち、普通の人では喜びと怒りが六、七割を占め、過ちもその周辺で多く起こる、という観察です。『中庸』は喜怒哀楽が発して節にあたることを「和」としましたが、一斎はその中でも喜と怒が特に動きやすく、失敗の元になりやすいと見ています。怒りにまかせた言葉が失敗を招くのはわかりやすいですが、喜びもまた油断や安請け合いを生みます。うれしいときに軽々しく約束してしまう経験は、誰にでもあるでしょう。判断を誤りやすいのは、怒っているときと浮かれているときだという指摘は、重要な決定を下す立場の人にとって、判断のタイミングを考える具体的な手がかりになります。
この章句が説くこと
喜怒哀楽感情過失自戒中庸
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