言志四録 / 言志耋録 第三十七条 詩に興り礼に立ち楽に成る
爲學。不俟人强之。必也心有所感興而爲之。躬有所持循而執之。心有所和樂而成之。興乎詩。立乎禮。成乎樂。謂此也。
新字:為学。不俟人強之。必也心有所感興而為之。躬有所持循而執之。心有所和楽而成之。興乎詩。立乎礼。成乎楽。謂此也。
書き下し
学を為すは、人の之を強ふるを俟たず。必ずや心に感興する所有りて之を為し、躬に持循する所有りて之を執り、心に和楽する所有りて之を成す。「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」とは、此を謂ふなり。
現代語訳
学問をするのは、人に強いられるのを待ってするものではない。必ず心に感じて奮い立つものがあってこれを行い、身に守り従うべき規範があってこれを保ち、心に和らぎ楽しむものがあってこれを完成させる。『論語』(泰伯篇)に「詩によって心を奮い起こし、礼によって身を立て、楽によって人格を完成する」とあるのは、このことを言うのである。
解説
学問は人に強いられてするものではない、と一斎は言います。そのうえで学びの過程を三段に分け、『論語』泰伯篇の「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」に重ねました。まず心が何かに感じて動くこと(詩)、次に身を支える型や規範を持ち続けること(礼)、最後に心が和らぎ楽しむ境地で仕上がること(楽)です。感動だけでは続かず、型だけでは窮屈になり、楽しみに至ってはじめて学びは自分のものになるという見取り図です。人を育てる立場から見れば、動機づけ、習慣化、定着という三つの段階をそれぞれどう支えているかを振り返る手がかりになるでしょう。
この章句が説くこと
学問自発性礼楽感興習慣
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