言志四録 / 言志耋録 第三十六条 自然と工夫
爲學有自然。有工夫。自然是順數。自源而流。工夫是逆數。自麓而巓。巓則源之所在。麓則流之所歸。雖有難易。其究一也。
新字:為学有自然。有工夫。自然是順数。自源而流。工夫是逆数。自麓而巓。巓則源之所在。麓則流之所帰。雖有難易。其究一也。
書き下し
学を為すに自然有り、工夫有り。自然は是れ順数、源よりして流る。工夫は是れ逆数、麓よりして巓る。巓は則ち源の在る所、麓は則ち流の帰する所。難易有りと雖も、其の究は一なり。
現代語訳
学問をするには、自然の道と工夫の道とがある。自然とは順の道筋で、水源から流れ下るようなものである。工夫とは逆の道筋で、山の麓から頂上へ登るようなものである。頂上は水源のあるところであり、麓は流れが行き着くところである。難しさ易しさの違いはあっても、行き着くところは一つである。
解説
学問には、生まれつきの資質のままに道に適う「自然」の道と、努力を重ねて道に至る「工夫」の道とがある、と一斎は言います。自然は水源から流れ下るように順の方向に進み、工夫は麓から頂へ登るように逆の方向に進む。けれども頂はそもそも水源のあるところで、麓は流れが行き着くところです。上るか下るかの違いはあっても、同じ一本の道を行き来しているにすぎない。『中庸』が「生まれながらに知る者」も「苦しんで知る者」も、知るに至れば一つだと説いたのと同じ考えです。才能に恵まれない自分を嘆くより、自分の道筋で頂を目指せばよい。そう励ます一条です。
この章句が説くこと
自然工夫努力天分学問
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