言志四録 / 言志耋録 第二十五条 持志の工夫は太だ難し
持志工夫太難。吾往往遭事忤意。輙不免暴怒。是不能持志之病。自恥自怯。書以爲警。
新字:持志工夫太難。吾往往遭事忤意。輙不免暴怒。是不能持志之病。自恥自怯。書以為警。
書き下し
持志の工夫は太だ難し。吾往々事の意に忤ふに遭へば、輙ち暴怒を免れず。是れ志を持する能はざるの病なり。自ら恥ぢ自ら怯る。書して以て警と為す。
現代語訳
志を持ち続ける工夫は、たいへん難しい。私はしばしば、物事が思いどおりにならないと、すぐにかっとなって怒ることを免れない。これは志を保つことができていないという病である。自ら恥じ、自ら恐れる。書き記して自分への戒めとする。
解説
立志を説き続けてきた一斎が、八十歳を過ぎてなお、思いどおりにならないとすぐかっとなる自分を告白した一条です。志を立てることより、それを保ち続けることのほうがはるかに難しい。怒りに我を忘れるのは、その瞬間に志を手放しているからだと一斎は見ています。孟子は「其の志を持して、其の気を暴ふこと無かれ」と説きました。名高い儒者が自分の欠点を率直に書き留め、戒めとしている点に、この書の誠実さがあります。怒りや苛立ちを完全に消すことは誰にも難しい。それでも自分の癖を知って書き留めておくことが、立ち返る手がかりになるのかもしれません。
この章句が説くこと
持志怒り自省克己感情の制御
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