言志四録 / 言志耋録 第六条 淵源の自る所
余恆環讀周程遺書。宋之有周程。與思孟相亞。今之學者。徒讀朱子訓註。懵乎淵源所自。可乎。
新字:余恒環読周程遺書。宋之有周程。与思孟相亜。今之学者。徒読朱子訓註。懵乎淵源所自。可乎。
書き下し
余恒に周程の遺書を環読す。宋の周程有るは、思孟と相亜ぐ。今の学者は徒らに朱子の訓註を読みて、淵源の自る所に懵し。可ならんや。
現代語訳
私はいつも周子(周敦頤)や程子(程顥・程頤)の遺した書物を繰り返し読んでいる。宋の時代に周子・程子がいたことは、子思・孟子に次ぐものである。今の学者はただ朱子の注釈を読むだけで、その学問の源がどこにあるのかを知らない。それでよいのだろうか。
解説
前条に続き、学問の源流を読めという一条です。一斎は周敦頤と程顥・程頤兄弟の書物を「環読」、つまり何度も繰り返し読んでいると言います。宋にこの三人が現れたことは、孔子の孫の子思と孟子に次ぐ出来事だとまで評価しています。朱子学は朱子が周程の学を集大成したものですが、今の学者は朱子の注釈だけを読み、その思想がどこから来たのかに無頓着だというのです。八十歳の一斎が、なお源流の書を読み返しているという事実にも重みがあります。誰かがまとめた要約だけで分かった気になっていないか、自分に問い直させる言葉です。
この章句が説くこと
源流宋学繰り返し読む学問原典
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