言志四録 / 言志耋録 第七条 朱子の文
朱文公固勿論古今絕類之大家。其於經註。漢唐以來。絕無一人頡頏者。不翅是。北宋以文章顯者。莫及歐蘇。其集各一百有餘卷。今古罕乎比類。朱子雖不以文著稱。而其集亦一百有餘卷。而體製別自成一家。能言其所欲言而無餘蘊。眞是爲古今獨步。詩亦與韋柳相亞。但以經學掩文詞。人不省其爲能文耳。
新字:朱文公固勿論古今絶類之大家。其於経註。漢唐以来。絶無一人頡頏者。不翅是。北宋以文章顕者。莫及欧蘇。其集各一百有余巻。今古罕乎比類。朱子雖不以文著称。而其集亦一百有余巻。而体製別自成一家。能言其所欲言而無余蘊。真是為古今独歩。詩亦与韋柳相亜。但以経学掩文詞。人不省其為能文耳。
書き下し
朱文公は固より古今絶類の大家たるは論ずる勿し。其の経註に於ける、漢唐以来、絶えて一人の頡頏する者無し。翅に是のみならず、北宋の文章を以て顕はるる者は、欧蘇に及ぶ莫し。其の集各々一百有余巻、今古比類罕なり。朱子は文を以て著称せられずと雖も、而も其の集も亦一百有余巻、而して体製別に自ら一家を成す。能く其の言はんと欲する所を言ひて余蘊無し。真に是れ古今独歩たり。詩も亦韋柳と相亜ぐ。但だ経学を以て文詞を掩ひ、人其の能文たるを省みざるのみ。
現代語訳
朱文公(朱子)が古今に比類のない大学者であることは言うまでもない。その経書の注釈においては、漢・唐以来、肩を並べる者は一人もいない。それだけではない。北宋で文章によって名を上げた者としては、欧陽脩と蘇軾に及ぶ者はなく、その文集はそれぞれ百余巻あって、昔も今も比べるものがまれである。朱子は文章で名高いわけではないが、その文集もまた百余巻あり、文体は独自に一家をなしている。言おうとすることを余すところなく言い尽くしており、まことに古今に並ぶ者のない独歩の域である。詩もまた韋応物・柳宗元に次ぐ。ただ経学の名声が文章の才を覆い隠しているので、人は朱子が文章に巧みであることに気づかないだけである。
解説
この章句が説くこと
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