言志四録 / 言志晩録 別存 第三十三条 柔も茹はず剛も吐かず
公甞戲謂余曰。人當自知。吾於古人百不如。但雅詩中有似我十六字。吾子知之否。余曰。不知。公乃曰。柔亦不茹。剛亦不吐。不侮矜寡。不畏彊禦。或其庶幾歟。余謂此言戲而非戲。
新字:公甞戯謂余曰。人当自知。吾於古人百不如。但雅詩中有似我十六字。吾子知之否。余曰。不知。公乃曰。柔亦不茹。剛亦不吐。不侮矜寡。不畏彊禦。或其庶幾歟。余謂此言戯而非戯。
書き下し
公嘗て戯れに余に謂ひて曰く、「人は当に自ら知るべし。吾は古人に於て百に一も如かず。但だ雅詩の中に我に似たる十六字有り。吾子之を知るや否や」と。余曰く、「知らず」と。公乃ち曰く、「柔も亦茹はず、剛も亦吐かず。矜寡を侮らず、彊禦を畏れず。或は其れ庶幾からんか」と。余謂ふ、此の言は戯れにして戯れに非ずと。
現代語訳
公(林述斎)はかつて冗談めかして私に言った。「人は自分自身を知らなければならない。私は古人に比べれば、百に一つも及ばない。ただ『詩経』の大雅の中に、私に似ている十六字がある。あなたはそれを知っているか」。私は「存じません」と答えた。公は言った。「『柔らかいものも呑み込まず、固いものも吐き出さない。やもめや寡婦を侮らず、強く横暴な者を恐れない』。あるいはこれに近いだろうか」。私は思った。この言葉は冗談のようでいて、冗談ではない、と。
解説
述斎が自らを『詩経』大雅・烝民の句になぞらえた条です。この詩は周の賢臣・仲山甫をたたえたもので、「柔らかいものも食わず、固いものも吐かず、弱い者を侮らず、強い者を恐れない」と歌います。弱い相手だから丸め込み、強い相手だから引き下がるということをせず、誰に対しても態度が変わらない人物像です。述斎は古人には百に一つも及ばないと謙遜しつつ、この十六字だけは自分に似ていると冗談めかして語りました。一斎は「戯れにして戯れに非ず」と受け止めています。老人や少女をいたわり、怠ける強者を厳しく責めたという前の条とも重なります。相手の強弱によって態度を変えていないかを、自分に問い直させる一条です。
この章句が説くこと
自知公平剛柔気骨詩経
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