言志四録 / 言志晩録 別存 第三十二条 心は専ら道徳に在り
公曰。古之儒在道德。人以道德望之。其任重。今之儒在記問。人以記問。望之。其責輕。居今之時。爲今之儒。宐且安記問。心則耑在道德。不可以人崇卑而變其操。即不愧於所學。
新字:公曰。古之儒在道徳。人以道徳望之。其任重。今之儒在記問。人以記問。望之。其責軽。居今之時。為今之儒。宐且安記問。心則耑在道徳。不可以人崇卑而変其操。即不愧於所学。
書き下し
公曰く、「古の儒は道徳に在り。人道徳を以て之を望む。其の任重し。今の儒は記問に在り。人記問を以て之を望む。其の責軽し。今の時に居て、今の儒たるには、宜しく且く記問に安んじ、心は則ち専ら道徳に在るべし。人の崇卑を以て其の操を変ずべからず。即ち学ぶ所に愧ぢず」と。
現代語訳
公(林述斎)は言った。「昔の儒者の本分は道徳にあった。人々も道徳を儒者に期待した。だからその任務は重かった。今の儒者の本分は知識や暗記にある。人々も知識を儒者に期待する。だからその責任は軽い。今の時代に生きて今の儒者である以上、ひとまず知識の役割に甘んじつつ、心はもっぱら道徳に置くべきである。人から尊ばれるか軽んじられるかによって、自分の節操を変えてはならない。そうすれば、自ら学んだところに恥じることはない」。
解説
儒者の役割について述べた述斎の言葉です。昔の儒者は道徳の体現者として期待され、その任は重かったが、今の儒者は「記問」、つまり知識や物知りとして期待されるだけで、その責任は軽い、と言います。記問は『礼記』の「記問の学は以て人の師たるに足らず」を踏まえた語でしょう。そのうえで述斎は、今の時代の儒者としては知識の役割にひとまず甘んじてよいが、心はもっぱら道徳に置け、人に尊ばれるか軽んじられるかで節操を変えるなと説きます。求められる役割と自らの志とを分けて考える、現実的でありながら筋の通った姿勢です。周囲から期待される役割が小さく感じられるときにも、自分が何を大切にして働くかは自分で決められることを示しています。
この章句が説くこと
儒者の本分道徳知識節操志
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