言志四録 / 言志晩録 別存 第三十条 武気は義勇の生ずる所
公惡儒流之誹武人者。曰。闇齋謂本邦有一種異端。爲武人氣習。是吾道之所以難行也。鳩巢亦寄人書曰。方今武技大行。我道爲之阻。是可嘆也。吾則謂武氣爲義勇之所生。何害乎道。本邦人長於武事。是外蕃之所以不能覬覦。今欲黜之。竝可謂庸儒之見。公此言亦有理。但方今治平日久。文漸流浮華。武亦或弛。乃求如往時兩老所病者。而不可得。是則可慨。
新字:公悪儒流之誹武人者。曰。闇斎謂本邦有一種異端。為武人気習。是吾道之所以難行也。鳩巣亦寄人書曰。方今武技大行。我道為之阻。是可嘆也。吾則謂武気為義勇之所生。何害乎道。本邦人長於武事。是外蕃之所以不能覬覦。今欲黜之。並可謂庸儒之見。公此言亦有理。但方今治平日久。文漸流浮華。武亦或弛。乃求如往時両老所病者。而不可得。是則可慨。
書き下し
公、儒流の武人を誹る者を悪みて曰く、「闇斎謂ふ、本邦に一種の異端有り、武人の気習たり、是れ吾が道の行はれ難き所以なりと。鳩巣も亦人に寄する書に曰く、方今武技大いに行はれ、我が道之が為に阻まる、是れ嘆ずべしと。吾は則ち謂ふ、武気は義勇の生ずる所たり、何ぞ道に害あらんと。本邦の人は武事に長ず。是れ外蕃の覬覦すること能はざる所以なり。今之を黜けんと欲するは、並びに庸儒の見と謂ふべし」と。公の此の言も亦理有り。但だ方今治平日久しく、文は漸く浮華に流れ、武も亦或は弛む。乃ち往時の両老の病む所の如き者を求むるも、得べからず。是れ則ち慨くべし。
現代語訳
公(林述斎)は、儒者のうち武人をそしる者を嫌って言った。「山崎闇斎は、わが国には一種の異端がある、それは武士の気風であり、これこそ儒の道が行われにくい理由だと言った。室鳩巣もまた人に送った手紙で、今は武芸が大いに行われ、儒の道がそのために妨げられている、嘆かわしいことだと言った。しかし私はこう考える。武の気風は義と勇気から生まれるものであり、どうして道の害になろうか。わが国の人は武事に長けている。それこそ外国がわが国をうかがい狙うことができない理由である。今これを退けようとするのは、どちらも凡庸な儒者の見解と言うべきである」。公のこの言葉にも道理がある。ただ、今は太平の世が長く続き、文はしだいにうわべの華やかさに流れ、武もまたゆるんでいる。そこで、かつて二人の老儒が憂えたような(盛んな武の気風)を求めようとしても、もはや得られない。これこそ嘆かわしいことである。
解説
この章句が説くこと
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