尚武論 / 法と情の両立と、史伝を座右に置く学び
六國以下之史。猶彼方之書也。弓矢禮也。乃彼方所謂禮也。我邦之人以是爲學。亦庶幾養武德乎。唯如我邦無樂何。若有聖人起。宜有從其方俗。稽其宜。制作之也。世所用猿樂。稍近武樂。姑用之。頗足養勇氣耳。佛有樂。僧徒常用之。佛之盛。卽行樂之效也。樂不可無者也。我邦無樂。爲大闕典也。初 神君平治天下。專以武德。傍用儒學。乃厭儒者多空論。大害實事。是以用宋學爲程式。省無用之論說。然又不禁異學。所以求生人材也。慶元以還。文運大闢。至元祿享保。儒學勃興。人物輩出。前代無比。自有不臣天子。不友諸侯之士可謂盛矣。唯憾先輩皆不知武尊於文。徒欲俛首從文學之士。不亦誤乎。漢時文武爲二。烈士皆起于武人之中。文國猶然。況於我方乎。近代大石良雄者。躬干 國家之令。爲其主能報其仇。而俟罪 闕下。此私則存忠。公則重法。可謂兩得也。武士道自當如此耳。爲可尚也。 國家之法。固重於泰山。則雖愍其忠志。而不能枉法行私。待以武士道。而賜死。重法恤忠。而新天下之耳目。興起武士道也。吾儕小人。雖不可妄容口吻乎。私以爲太平之兆。欽奉賀之。而闇齋之流。漫議以爲彼非復讎。徂徠之徒。妄斥以爲彼非義士。一泥于性理。一拘于文辭。不知我邦有武道之可尚也。悲夫。湯淺常山曰。苟爲武士者。寧廢文華。勿廢武事。眞儒之見。可謂卓矣。嘗聞之。程子勸人讀史傳。予又每謂。我方學者。當勤讀史傳也。如夫常山紀談藩翰譜碎玉話武野燭談等類。則常置諸座右可也。此則養武心之方也。不用樂。不治武術。而別有治心之方乎哉。學者徒爲治心之工夫。
新字:六国以下之史。猶彼方之書也。弓矢礼也。乃彼方所謂礼也。我邦之人以是為学。亦庶幾養武徳乎。唯如我邦無楽何。若有聖人起。宜有従其方俗。稽其宜。制作之也。世所用猿楽。稍近武楽。姑用之。頗足養勇気耳。仏有楽。僧徒常用之。仏之盛。即行楽之効也。楽不可無者也。我邦無楽。為大闕典也。初 神君平治天下。専以武徳。傍用儒学。乃厭儒者多空論。大害実事。是以用宋学為程式。省無用之論説。然又不禁異学。所以求生人材也。慶元以還。文運大闢。至元禄享保。儒学勃興。人物輩出。前代無比。自有不臣天子。不友諸侯之士可謂盛矣。唯憾先輩皆不知武尊於文。徒欲俛首従文学之士。不亦誤乎。漢時文武為二。烈士皆起于武人之中。文国猶然。況於我方乎。近代大石良雄者。躬干 国家之令。為其主能報其仇。而俟罪 闕下。此私則存忠。公則重法。可謂両得也。武士道自当如此耳。為可尚也。 国家之法。固重於泰山。則雖愍其忠志。而不能枉法行私。待以武士道。而賜死。重法恤忠。而新天下之耳目。興起武士道也。吾儕小人。雖不可妄容口吻乎。私以為太平之兆。欽奉賀之。而闇斎之流。漫議以為彼非復讎。徂徠之徒。妄斥以為彼非義士。一泥于性理。一拘于文辞。不知我邦有武道之可尚也。悲夫。湯浅常山曰。苟為武士者。寧廃文華。勿廃武事。真儒之見。可謂卓矣。嘗聞之。程子勧人読史伝。予又毎謂。我方学者。当勤読史伝也。如夫常山紀談藩翰譜砕玉話武野燭談等類。則常置諸座右可也。此則養武心之方也。不用楽。不治武術。而別有治心之方乎哉。学者徒為治心之工夫。
書き下し
六国史以下の史は、猶ほ彼の方の書のごとし。弓矢の礼は、乃ち彼の方の所謂礼なり。我が邦の人、是を以て学と為さば、亦武徳を養ふに庶幾からんか。唯だ我が邦のごときは楽無きを如何せん。若し聖人起こること有らば、宜しく其の方俗に従ひ、其の宜しきを稽へ、之を制作すべし。世に用ふる所の猿楽は、稍や武楽に近し。姑く之を用ひて、頗る勇気を養ふに足るのみ。仏にも楽有り、僧徒常に之を用ふ。仏の盛んなるは、即ち楽を行ふの効なり。楽は無かるべからざるものなり。我が邦に楽無きは、大いなる闕典為り。初め神君、天下を平治するに専ら武徳を以てし、傍ら儒学を用ふ。乃ち儒者の空論多く、大いに実事を害するを厭ひ、是を以て宋学を用ひて程式と為し、無用の論説を省く。然れども又異学を禁ぜず、人材を生ずるを求むる所以なり。慶元以還、文運大いに闢け、元禄・享保に至りて儒学勃興し、人物輩出し、前代に比無し。自づから天子に臣たらず、諸侯に友たらざるの士有り、盛んと謂ふべし。唯だ憾むらくは先輩皆武の文より尊きを知らず、徒らに俛首して文学の士に従はんと欲す。亦誤りならずや。漢の時、文武は二と為り、烈士は皆武人の中より起こる。文国すら猶ほ然り、況んや我が方に於いてをや。近代、大石良雄は、躬ら国家の令を干し、其の主の為に能く其の仇を報い、罪を闕下に俟つ。此れ私には則ち忠を存し、公には則ち法を重んず。両つながら得たりと謂ふべし。武士道は自づから此くのごときのみ。尚ぶべしと為す。国家の法は固より泰山より重し。則ち其の忠志を愍れむと雖も、法を枉げて私を行ふ能はず。待つに武士道を以てして死を賜ふ。法を重んじ忠を恤み、天下の耳目を新たにして、武士道を興起するなり。吾が儕小人、妄りに口吻を容るべからずと雖も、私に以為へらく、太平の兆なり、と。欽みて奉り之を賀す。而るに闇斎の流れは、漫りに議して以為へらく、彼は復讐に非ず、と。徂徠の徒は、妄りに斥けて以為へらく、彼は義士に非ず、と。一は性理に泥み、一は文辞に拘り、我が邦に武道の尚ぶべき有るを知らず。悲しいかな。湯浅常山曰く、苟くも武士たる者は、寧ろ文華を廃すとも、武事を廃すること勿かれ、と。真儒の見、卓なりと謂ふべし。嘗て聞く、程子、人に史伝を読むことを勧む、と。予も又毎に謂ふ、我が方の学者は、当に勤めて史伝を読むべし、と。夫の常山紀談・藩翰譜・砕玉話・武野燭談等の類のごときは、則ち常に諸を座右に置きて可なり。此れ則ち武心を養ふの方なり。楽を用ひず、武術を治めずして、別に心を治むるの方有らんや。学者徒らに心を治むるの工夫を為し、
現代語訳
六国史以下の史書は、あちらの書のようなものです。弓矢の礼は、あちらで言う礼にあたります。我が国の人がこれを学とすれば、武徳を養うことに近づくでしょう。ただ我が国には楽がないのをどうすべきでしょうか。もし聖人が起こったなら、その土地の風俗に従い、その宜しきを考えて、これを制作するべきです。世に用いられている猿楽は、いくらか武楽に近いものです。しばらくこれを用いても、勇気を養うには十分でしょう。仏にも楽があり、僧侶は常にこれを用いています。仏教の盛んなのは、楽を行う効果によります。楽はなくてはならないものです。我が国に楽がないのは、大きな欠典です。初め神君(徳川家康)は天下を平定して治めるのに、もっぱら武徳を用い、傍らで儒学を用いました。そして儒者に空論が多く、大いに実事を害することを嫌い、そのため宋学を用いて規準とし、無用の論説を省きました。しかしまた異学を禁じなかったのは、人材が生まれることを求めたからです。慶長・元和以後、文運は大いに開け、元禄・享保に至って儒学が勃興し、人物が輩出して、前代に比べるものがありません。おのずから天子に臣下とならず、諸侯に友とならない士もいて、盛んだと言えます。ただ残念なのは、先輩がみな武が文より尊いことを知らず、むなしく頭を下げて文学の士に従おうとしたことです。誤りではないでしょうか。漢の時代、文武は二つに分かれ、烈士はみな武人の中から起こりました。文の国でさえそうです。まして我が国ではなおさらです。近代の大石良雄は、自ら国家の令を犯して、主君のためによくその仇を討ち、罪を朝廷の下で待ちました。これは私的には忠を存し、公的には法を重んじたもので、両方を得たと言えます。武士道はおのずからこのようであるべきです。尚ぶべきことです。国家の法はもとより泰山よりも重いものです。その忠義の志をあわれんでも、法を曲げて私情を行うことはできません。武士道をもって待遇し、死を賜りました。法を重んじて忠をあわれみ、天下の耳目を新たにして、武士道を興し起こしたのです。私のような小人は、みだりに口出しすべきではありませんが、ひそかに太平の兆しだと思い、謹んで祝い奉ります。ところが闇斎の流れは、みだりに論じて「あれは復讐ではない」と言い、徂徠の徒は、みだりに退けて「あれは義士ではない」と言います。一方は性理にこだわり、一方は文辞にとらわれ、我が国に尚ぶべき武道があることを知りません。悲しいことです。湯浅常山は言いました。「いやしくも武士たる者は、むしろ文華を廃しても、武事を廃してはならない」と。真の儒者の見識として、卓越していると言えます。以前聞いたところでは、程子は人に史伝を読むことを勧めたそうです。私もまたいつも言います。我が国の学者は、勤めて史伝を読むべきです。あの『常山紀談』『藩翰譜』『砕玉話』『武野燭談』などの類は、いつも座右に置くとよいでしょう。これが武の心を養う方法です。楽を用いず、武術を修めずして、ほかに心を治める方法があるでしょうか。学者はむなしく心を治める工夫をして、
解説
この章句が説くこと
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