言志四録 / 言志晩録 別存 第二十六条 酒樽を破りて舟人に飲ましむ
辛未歲。韓人來聘。有旨館之對州。遣大小官員受聘。公亦與焉。公渡海時。令貯酒數樽。人不知其故。既而事訖。解纜就歸。時風浪驟興。風逆。舟人極苦。公乃自倒酒樽。以鎗鐓撞破其底。手自以飯椀斟之。飮舟人。舟人於是氣力一倍。我船獨先達於唐津。他船則後數十里云。
新字:辛未歳。韓人来聘。有旨館之対州。遣大小官員受聘。公亦与焉。公渡海時。令貯酒数樽。人不知其故。既而事訖。解纜就帰。時風浪驟興。風逆。舟人極苦。公乃自倒酒樽。以鎗鐓撞破其底。手自以飯椀斟之。飲舟人。舟人於是気力一倍。我船独先達於唐津。他船則後数十里云。
書き下し
辛未の歳、韓人来聘す。旨有りて之を対州に館し、大小の官員を遣はして聘を受けしむ。公も亦焉に与る。公海を渡る時、酒数樽を貯へしむ。人其の故を知らず。既にして事訖り、纜を解きて帰に就く。時に風浪驟かに興り、風逆ひ、舟人極めて苦しむ。公乃ち自ら酒樽を倒し、鎗鐓を以て其の底を撞き破り、手自ら飯椀を以て之を斟み、舟人に飲ましむ。舟人是に於て気力一倍し、我が船独り先づ唐津に達す。他船は則ち後るること数十里なりと云ふ。
現代語訳
辛未の年(文化八年、一八一一年)、朝鮮の使節が来朝した。幕府の命によって対馬で使節を迎えることになり、大小の役人を派遣して国書を受けさせた。公(林述斎)もその一員に加わった。公は海を渡るとき、酒を数樽積み込ませたが、人々はそのわけを知らなかった。やがて役目が終わり、ともづなを解いて帰途についた。そのとき急に風と波が起こり、向かい風となって、船乗りたちはひどく苦しんだ。公は自ら酒樽を倒し、槍の石突きで底を突き破り、自分の手で飯茶碗に酒を汲んで、船乗りたちに飲ませた。船乗りたちはこれで力が倍になり、公の船だけが真っ先に唐津に着いた。ほかの船は数十里も遅れたという。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公元年 垂櫜して入る小國恃みを失ひて、諸侯を懲らさば、憾みざる者莫からしめ、君命に距違して、壅塞して行はれざる所有らんことを是れ懼る。然らずんば、敝邑は館人の屬なり。其れ敢へて豐氏の祧を愛しまんや」と。伍舉其の備へ有るを知るなり、請ふ櫜を垂れて入らんと。之を許す。正月乙未、入りて逆へて出づ。遂に虢に會す。宋の盟を尋ぬるなり。祁午趙文子に謂ひて曰く、「宋の盟に、楚人晉に志を得たり。今令尹の不信、諸侯の聞く所なり。子戒めずんば、懼らくは又宋の如くならん。子木の信、諸侯に稱せらるるも、猶ほ晉を詐りて駕す。況んや不信の尤なる者をや。楚重ねて晉に志を得ば、晉の恥なり。子晉國に相として、以て盟主と為ること、今に於て七年なり。再び諸侯を合し、三たび大夫を合し、齊・狄を服し、東夏を寧んじ、秦の亂を平らげ、淳于に城く。師徒頓れず、
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『墨子』魯問魯君、子墨子に謂いて曰く、「吾れ齊の吾を攻めんことを恐る。救う可きか」と。子墨子曰く、「可なり。昔者、三代の聖王、禹・湯・文・武は、百里の諸侯なり。忠を説き義を行いて、天下を取る。三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、讐怨し暴を行いて、天下を失う。吾れ願わくは主君の、上は天を尊び鬼に事え、下は百姓を愛し利し、厚く皮幣を為り、辭令を卑くし、函く徧く四隣の諸侯を禮し、國を敺りて以て齊に事えんことを。患い救う可きなり。願うに非ざれば為す可き者無し」と。
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『春秋左氏伝』昭公五年 始めを敬して終はりを思ふ晉の韓宣子楚に如きて女を送る。叔向介為り。鄭の子皮・子大叔、諸を索氏に勞ふ。大叔叔向に謂ひて曰く、「楚王の汏侈已甚し。子其れ之を戒めよ」と。叔向曰く、「汏侈已甚しきは、身の災ひなり。焉んぞ能く人に及ばん。若し吾が幣帛を奉じ、吾が威儀を慎み、之を守るに信を以てし、之を行ふに禮を以てし、始めを敬して終はりを思はば、終に復せざる無し。從ひて儀を失はず、敬して威を失はず、之を道くに訓辭を以てし、之を奉ずるに舊法を以てし、之を考ふるに先王を以てし、之を度るに二國を以てせば、汏侈と雖も我を若何せん」と。楚に及ぶ。楚子其の大夫を朝せしめて曰く、「晉は吾が仇敵なり。苟も志を得ば、其の他を恤ふる無けん。今其の來たる者は、上卿・上大夫なり。若し吾韓起を以て閽と為し、羊舌肸を以て司宮と為さば、以て晉を辱むるに足り、吾も亦た志を得ん。可ならんか」と。大夫對ふる莫し。薳啟彊曰く、「可なり。苟も其の備へ有らば、何の故に可ならざらん。匹夫を恥づかしむるすら以て備へ無かるべからず、況んや國を恥づかしむるをや。是を以て聖王は禮を行ふに務めて、人を恥づかしむるを求めず。
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『春秋左氏伝』昭公五年 晋、備えを失はず朝聘に珪有り、享覜に璋有り。小は述職有り、大は巡功有り。机を設けて倚らず、爵盈ちて飲まず。宴に好貨有り、飧に陪鼎有り。入るに郊勞有り、出づるに贈賄有り。禮の至りなり。國家の敗るるは、之が道を失へばなり。則ち禍亂興る。城濮の役、晉楚の備へ無くして、以て邲に敗る。邲の役、楚晉の備へ無くして、以て鄢に敗る。鄢より以來、晉備へを失はず、而して之に加ふるに禮を以てし、之を重ぬるに睦を以てす。是を以て楚報ゆる能はずして、親しみを求む。既に姻親を獲て、又之を恥づかしめんと欲し、以て寇讎を召く。之に備ふること若何。誰か其れ此を重んぜん。若し其の人有らば、之を恥づかしむるも可なり。若し其れ未だ有らずんば、君亦た之を圖れ。晉の君に事ふる、臣は可なりと曰はん。諸侯を求むれば麇(むら)がり至り、昏を求むれば女を薦む。君親ら之を送り、上卿及び上大夫之を致す。猶ほ之を恥づかしめんと欲す、君其れ亦た備へ有らん。然らずんば奈何せん。韓起の下に、趙成・中行吳・魏舒・范鞅・知盈有り。羊舌肸の下に、
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李衛公問対・卷下攻むる者は、其の城を攻め其の陳を擊つに止まらず、必ず其の心を攻むるの術有り。守る者は、其の壁を完くし其の陳を堅くするに止まらず、必ずや吾が氣を守りて待つ有り。
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『春秋左氏伝』昭公五年 一臧一否、誰か能く当たらん將に以て鼓に釁らんとす。則ち吳備ふる所を知らん。敝邑羸(よわ)しと雖も、若し早く脩完せば、其れ以て師を息むべし。難易に備へ有り、吉と謂ふべし。且つ吳は社稷を是れ卜す、豈に一人の為ならんや。使臣軍鼓に釁らるるを獲て、敝邑備へを知り、以て不虞を禦がば、其の吉為ること孰れか大ならん。國の守龜、其れ何事をか卜せざらん。一は臧(よ)く一は否(あ)し、其れ誰か能く之に當たらん。城濮の兆、其の報いは邲に在り。今此の行や、其れ庸ぞ報ゆる志有らん」と。乃ち殺さず。楚の師羅汭を濟る。沈尹赤楚子に會して萊山に次る。薳射繁揚の師を帥ゐて、先づ南懷に入る。楚の師之に從ふ。汝清に及ぶ。吳入るべからず。楚子遂に兵を坻箕の山に觀す。是の行や、吳早く備へを設け、楚功無くして還る。蹶由を以て歸る。楚子吳を懼れ、沈尹射をして命を巢に待たしめ、薳啟彊をして命を雩婁に待たしむ。禮なり。秦の后子秦に復歸す。景公卒する故なり。
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