言志四録 / 言志晩録 別存 第十二条 帽親の子は猶ほ兄弟のごとし
公之在巖邑藩也。齡十七加冠。侯特命先父爲帽親。使余進盥盤及柳板。余時十三。儀訖。公謂余曰。帽親之子。猶兄弟。終身不相離違也。余拜命之辱。不圖後入林氏。遂爲師弟。致有今日。殆亦所謂夙因者然歟。
新字:公之在巖邑藩也。齢十七加冠。侯特命先父為帽親。使余進盥盤及柳板。余時十三。儀訖。公謂余曰。帽親之子。猶兄弟。終身不相離違也。余拝命之辱。不図後入林氏。遂為師弟。致有今日。殆亦所謂夙因者然歟。
書き下し
公の巌邑藩に在るや、齢十七にして加冠す。侯特に先父に命じて帽親と為し、余をして盥盤及び柳板を進めしむ。余時に十三。儀訖りて、公余に謂ひて曰く、「帽親の子は、猶ほ兄弟のごとし。終身相離違せざるなり」と。余命の辱きを拝す。図らざりき、後に林氏に入り、遂に師弟と為り、今日有るを致さんとは。殆ど亦所謂夙因なる者然るか。
現代語訳
公(林述斎)が岩村藩にいたころ、十七歳で元服した。藩主は特に私の亡父(佐藤信由)に命じて烏帽子親とし、私に手水の盥と柳の台を差し出す役をさせた。私はそのとき十三歳であった。儀式が終わると、公は私に言った。「烏帽子親の子は兄弟のようなものだ。生涯離れ背くことはない」。私はそのもったいないお言葉を拝した。思いもよらなかったことに、後に私は林家に入り、ついに師弟となって、今日に至った。これもおそらく、いわゆる前世からの因縁というものであろうか。
解説
一斎と述斎の縁の始まりを記した条です。述斎は美濃岩村藩主の子で、一斎の父・佐藤信由はその藩の家老でした。述斎が十七歳で元服したとき、一斎の父が烏帽子親を務め、十三歳の一斎が儀式の道具を捧げる役をしました。そのとき述斎が「烏帽子親の子は兄弟同然、生涯離れない」と言ったとおり、後に述斎が林家を継ぎ、一斎はその門に入って師弟となり、林家の塾頭として長く仕えることになります。一斎はこれを「夙因」、前世からの因縁かと感慨をこめて書いています。何気ない出会いや一言が、数十年後の人生を形づくることがあります。今ある人間関係の来し方を振り返るきっかけになる一条です。
この章句が説くこと
縁師弟元服因縁恩義
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