言志四録 / 言志晩録 第二百八十九条 死の生たるを知る
勞佚。形也。死生。迹也。知勞之爲佚。可以言人。知死之爲生。可以言天。
新字:労佚。形也。死生。迹也。知労之為佚。可以言人。知死之為生。可以言天。
書き下し
労佚は、形なり。死生は、迹なり。労の佚たるを知らば、以て人を言ふべし。死の生たるを知らば、以て天を言ふべし。
現代語訳
骨折りと安楽は、形の上のことである。死と生は、足跡(現れた跡)である。骨折りが実は安楽であることを知れば、人について語ることができる。死が実は生であることを知れば、天について語ることができる。
解説
「労佚」は苦労と安楽、「形」は身体に属すること、「迹」は現れ出た痕跡を意味します。苦労と安楽は身体の上の違い、生と死は現れの上の違いにすぎず、その奥には一つのものが貫いていると一斎は見ます。苦労の中にこそ本当の安らぎがあると知る人は、人の道を語る資格があり、死もまた天地の生々の一部であると知る人は、天の道を語ることができる、というのです。『荘子』大宗師篇の「我を労するに生を以てし、我を佚するに死を以てす」を念頭に置いた表現と考えられます。目の前の骨折りを単なる苦役と見るか、それが安らかさに通じると見るか。仕事の苦労への向き合い方を考えさせる一条です。
この章句が説くこと
死生観労と佚天人の道
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