言志四録 / 言志晩録 第二百八十七条 死後を知るには生前を観よ
欲知死之後。當觀生之前。晝夜。死生也。醒睡。死生也。呼吸。死生也。
新字:欲知死之後。当観生之前。昼夜。死生也。醒睡。死生也。呼吸。死生也。
書き下し
死の後を知らんと欲せば、当に生の前を観るべし。昼夜は、死生なり。醒睡は、死生なり。呼吸は、死生なり。
現代語訳
死んだ後のことを知りたいと思うなら、生まれる前のことを観るべきである。昼と夜は、死と生である。目覚めと眠りは、死と生である。吐く息と吸う息は、死と生である。
解説
前条の「始めを原ね終りに反る」を受け、死後を知りたければ生まれる前を思えと一斎は言います。生まれる前の自分を恐れる人がいないように、死後もまたそれと同じだという含みがあります。さらに、昼と夜、目覚めと眠り、吐く息と吸う息、という日々くり返される交替そのものが死生だと続けます。私たちは毎日、小さな死と生をくり返しながら生きているというわけです。宋学の張載や程子にも、死生を昼夜のように見る考えがあり、一斎はそれを身近な実感に引き寄せています。死を遠い未知の出来事ではなく、日々の呼吸の延長として見る視点は、大きな変化や終わりを前にしたときに心を落ち着ける手がかりになるでしょう。
この章句が説くこと
死生観昼夜呼吸循環
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