言志四録 / 言志晩録 第二百六十七条 生きて聖と作らんことを要す
尋常老人。多要死成佛。學人則當要生作聖。
新字:尋常老人。多要死成仏。学人則当要生作聖。
書き下し
尋常の老人は、多く死して仏に成らんことを要す。学人は則ち当に生きて聖と作らんことを要すべし。
現代語訳
世間並みの老人は、多くは死んで仏になることを願う。学問をする者は、生きているうちに聖人になることを求めるべきである。
解説
江戸の世の老人の多くは、念仏を唱えて死後に極楽往生し成仏することを願いました。一斎はそれと対比して、学問に志す者が目指すべきは、生きているうちに聖人の境地に至ることだと言います。儒学は死後の救いを説かず、この世での人格の完成を目標とします。宋学では「聖人学んで至るべし」とされ、誰でも学べば聖人に近づけると考えられました。仏教を否定するというより、目を向けるべきは死後ではなく今の生だという主張です。老いを論じる流れの中にあるこの条は、晩年をただ終わりを待つ時期にせず、最後まで成長の途上と見る一斎の態度をよく示しています。定年後や引退後の生き方を考えるときにも響く視点です。
この章句が説くこと
聖人生き方晩年儒と仏修養
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