言志四録 / 言志晩録 第二百六十六条 老人は尤も言を慎むべし
老人話多取信。尤宜愼言。
新字:老人話多取信。尤宜慎言。
書き下し
老人の話は多く信を取る。尤も宜しく言を慎むべし。
現代語訳
老人の話は多くの場合、人に信じられる。だからこそ、とりわけ言葉を慎まなければならない。
解説
年長者の言葉は、経験に裏打ちされていると思われるため、人にそのまま信じられやすいものです。一斎は、だからこそ老人はいっそう言葉を慎むべきだと言います。不確かな話や軽い思いつきでも、老人が口にすれば真実として広まり、若い者の判断を誤らせかねないからです。言葉の重さは話し手の立場によって変わるという指摘で、老いを論じる晩録の一連の条の一つです。前に見た「老いて少年の態を為す勿れ」「老齢は慈に失す」と並べると、老いた自分の影響力を冷静に見ている一斎の姿が浮かびます。役職や経験年数が増えるほど、何気ない一言が組織の中で重く受け取られることを意識しておく必要があるでしょう。
この章句が説くこと
言葉慎み信用老い影響力
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
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『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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