言志四録 / 言志晩録 第二百三十九条 意気のみにては理に障碍有り
凡爲事。以意氣而已者。於理每有障碍。
新字:凡為事。以意気而已者。於理毎有障碍。
書き下し
凡そ事を為すに、意気を以てするのみなる者は、理に於て毎に障碍有り。
現代語訳
およそ事を行うのに、ただ意気込みだけでやる者は、道理の面でいつも差し障りが生じる。
解説
意気込みだけで事を進めると、必ず道理のうえでつまずくと一斎は指摘します。意気は物事を始める原動力として欠かせませんが、それだけでは何が正しく何が無理なのかを見極める判断が伴いません。勢いに任せた行動は、手順や人の気持ち、物事の筋道を見落とし、結果として思わぬ壁にぶつかります。前の数条で、緩急を事に任せ心は一定に保てと説き、鋭進より退歩が難しいと述べた流れの中に置くと、意気と理の均衡を求める一斎の姿勢がよく見えます。新しい企画や改革に取り組むとき、熱意が強いほど周囲の反対や現実の制約を軽く見がちです。自分の熱意が道理に裏打ちされているか、一度立ち止まって確かめる材料になります。
この章句が説くこと
意気道理判断冷静計画
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