言志四録 / 言志晩録 第二百二十六条 至富は其の富たるを知らず
至富。不自知其爲富。至貴。不自知其爲貴。道德功業。其至者。或亦不自知然歟。
新字:至富。不自知其為富。至貴。不自知其為貴。道徳功業。其至者。或亦不自知然歟。
書き下し
至富は、自ら其の富たるを知らず。至貴は、自ら其の貴たるを知らず。道徳功業も、其の至れる者は、或いは亦自ら然るを知らざるか。
現代語訳
この上ない富を持つ者は、自分が富んでいることを自覚しない。この上ない貴さを持つ者は、自分が貴いことを自覚しない。道徳や功業も、その極みに達した者は、あるいはやはり自分がそうであることを自覚しないのではないか。
解説
本当に豊かな人は自分が豊かだと意識せず、本当に高貴な人は自分が高貴だと意識しない。それが当たり前になっているからです。一斎はこれを道徳や功業にも当てはめ、その極みに達した人は、自分が徳を備えているとも、大きな功績を挙げたとも思っていないのではないかと推し量ります。『老子』の「上徳は徳とせず、是を以て徳有り」を思わせる考え方です。次の条の「真孝は孝を忘る」ともつながり、徳が身についた状態とは、それを意識しなくなることだと示しています。自分の実績や人柄を強く意識し、語りたくなるうちは、まだ途上なのかもしれません。優れた人ほど自分の成果を誇らないのはなぜか、を考える材料になります。
この章句が説くこと
無意識の徳謙虚道徳功業自然体
関連する章句
-
史記 夏本紀是に於て帝禹に玄圭を錫ふ。皋陶士と作りて以て民を理む。帝舜朝し、禹・伯夷・皋陶相与に帝の前に語る。皋陶其の謀を述べて曰く、「信に其れ道徳にして、謀明らかに輔け和す」と。禹曰く、「然り、如何」と。皋陶曰く、「於、其の身の脩まるを慎み、長きを思ひ、九族を敦序すれば、近きより遠きに在る可き已」と。禹美言を拝して、曰く、「然り」と。
-
『長短経』道徳黄石公曰く「軍井未だ達せざれば、将は渇くと言わず。軍幕未だ弁ぜざれば、将は倦むと言わず。冬は裘を服せず、夏は扇を操らず。是れ礼将と謂う。之と安んじ、之と危うくす。故に其の衆は合すべくして離るべからず、用うべくして疲らすべからず」と。之に接するに礼を以てし、之を厲ますに辞を以てすれば〔士を厲ますに危うきを見て命を授くるの辞を以てするなり〕、則ち士之に死す。是を以て蓼を含み疾を問いて、越王は諸侯に伯たり。疽を吮い士を恤れみて、呉起は敵国を凌ぐ。陽門に慟哭して、三晋の兵に勝ち、単醪を河に投じて、一軍の士を感ぜしむ。勇者は之が為に闘い、智者は之が為に憂う。死を視ること帰するが若く、計りて踵を旋らさざる者は、其の恩養素より畜え、策謀和同するを以てなり。故に曰く「恩を畜うること倦まざれば、一を以て万を取る」と。語に曰く「恩を積みて已まざれば、天下使うべし」と。此れ道徳の略なり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻二いまだ聞かず三国の例、財宝にとみ、愚人の帰敬をもつて道徳とすべきことを、道心者と云ふは昔しより三国みな貧にして、身をくるしくし、一切を省約して、慈あり道あるをまことに行者と云ふなり、徳のあらはるゝと云も、財宝にゆたかに、供養にほこるを云にあらす、徳の顕はるゝに三重あるべし、先つは其の人其の道を修するなりと知らるゝなり、次には其の道を慕ふ者いで来る、後には其の道をおなじく学し同じく行ずる、是を道徳のあらはるゝと云ふなり、
-
『茶の本』第三章 道教と禅道・聖人はよく世とともに推移す道教でいう絶対は相対であることは、すでに述べたところであるが、倫理学においては道教徒は社会の法律道徳を罵倒した。というのは、彼らにとっては正邪善悪は単なる相対的の言葉であったから。定義は常に制限である。「一定」「不変」は単に成長停止を表わす言葉に過ぎない。屈原いわく「聖人はよく世とともに推移す」。われらの道徳的規範は社会の過去の必要から生まれたものであるが、社会は依然として旧態にとどまるべきものであろうか。社会の慣習を守るためには、その国に対して個人を絶えず犠牲にすることを免れぬ。教育はその大迷想を続けんがために一種の無知を奨励する。人は真に徳行ある人たることを教えられずして、行儀正しくせよと教えられる。
-
『長短経』道徳夫れ兵に出だすべからざる者三あり。国に和せざれば、以て軍を出だすべからず。軍に和せざれば、以て陣を出だすべからず。陣に和せざれば、以て戦いを出だすべからず。故に孫子曰く、一に曰く道。道なる者は、人をして上と意を同じくせしむる者なり。故に之と死すべく、之と生くべくして、人危うきを畏れず。〔危は、疑なり。主上素より仁を下に施すこと有れば、則ち士は能く前に致して敵に赴き、故に与に存亡の難に処りて、傾危の敗を畏れざるを言う。晋陽の囲み、竈を沈めて蛙を生ずるも、民に叛疑無きが若きなり。〕
-
『呻吟語』内篇・修身・道德の實を潛かに修む文名・才名・藝名・勇名は、人盡く讓り得過ぐ。惟だ是れ道德の名は、則ち妒む者眾し。文無く才無く藝無く勇無きは、人盡く謙り得起こる。惟だ是れ道德の名無きは、則ち愧づる者眾し。君子は道德の實を以て潛かに修め、道德の名を以て自ら掩ふ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る