言志四録 / 言志晩録 第二百十三条 怨みを遠ざくるは恕の一字
遠怨之道。一箇恕字。息爭之道。一箇讓字。
新字:遠怨之道。一箇恕字。息争之道。一箇譲字。
書き下し
怨みを遠ざくるの道は、一箇の恕の字。争ひを息むるの道は、一箇の譲の字。
現代語訳
人の怨みを遠ざける道は、「恕(思いやり)」の一字に尽きる。争いをやめさせる道は、「譲(ゆずること)」の一字に尽きる。
解説
怨みと争いという人間関係の二大難題に、それぞれ一字ずつ処方を与えた簡潔な一条です。「恕」は『論語』で孔子が「一言にして以て終身之を行ふべき者」として挙げた語で、「己の欲せざる所を人に施すこと勿れ」と説明されます。相手の立場に身を置いて考えれば、人を傷つける言動は自然と減り、怨みを買うことも少なくなります。一方、争いは双方が一歩も引かないところから生まれるので、どちらかが譲れば収まります。譲ることは負けではなく、争いの連鎖を断ち切る主体的な選択です。組織の中で対立が長引くとき、正しさを競う前に、恕と譲のどちらが欠けているかを考えてみると、糸口が見えることがあります。
この章句が説くこと
恕譲怨み争い人間関係
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『春秋左氏伝』襄公十三年 譲は礼の主なり君子曰く、「讓は禮の主なり。范宣子讓りて、其の下皆讓る。欒黶汰(おご)ると為すも、敢へて違はず。晉國以て平らかにして、數世之に賴る。善に刑(のつと)ればなり。一人善に刑れば、百姓休和す。務めざるべけんや。書に曰く、『一人慶有れば、兆民之に賴る。其の寧きこと惟れ永し』と。其れ是の謂ひか。周の興るや、其の詩に曰く、『文王に儀刑すれば、萬邦孚を作す』と。善に刑るを言ふなり。其の衰ふるに及びてや、其の詩に曰く、『大夫均しからず、我事に從ひて獨り賢(らう)す』と。讓らざるを言ふなり。世の治まるや、君子は能を尚びて其の下に讓り、小人は農力して以て其の上に事ふ。是を以て上下禮有りて、讒慝黜遠せらる。爭はざるに由るなり。之を懿德と謂ふ。其の亂るるに及びてや、君子は其の功を稱して以て小人に加へ、小人は其の技を伐(ほこ)りて以て君子を馮(しの)ぐ。是を以て上下禮無く、亂虐並び生ず。善を爭ふに由るなり。之を昏德と謂ふ。國家の敝るるは、恆に必ず之に由る」と。
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