言志四録 / 言志晩録 第二百七条 老彌老農の語は人を起こす
脩禪老彌。樸實老農。語往往起人。但使渠言。而我聽之。可也。不必詰問。
新字:脩禅老弥。樸実老農。語往往起人。但使渠言。而我聴之。可也。不必詰問。
書き下し
修禅の老彌、樸実の老農は、語往往にして人を起こす。但だ渠をして言はしめて、我之を聴けば可なり。必ずしも詰問せず。
現代語訳
禅の修行を積んだ老僧や、素朴で誠実な年老いた農夫の言葉は、しばしば人をはっとさせ奮い立たせる。ただ彼らに自由に語らせて、こちらはそれを聞いていればよい。問い詰める必要はない。
解説
学者でない人々の言葉にこそ学ぶものがある、と説いた条です。長年禅を修めた老僧や、飾り気のない老いた農夫の一言には、書物からは得られない実地の知恵が宿っており、しばしば人の心を奮い起こします。「人を起こす」は『論語』八佾篇で孔子が子夏を「予を起こす者は商なり」と称えた言い回しを思わせます。ただし一斎は、その言葉を理屈で問い詰めるなと言います。彼らの知恵は体験から出たもので、論理で追及すれば輪郭を失ってしまうからです。儒官という立場にありながら、禅僧や農夫の言葉に耳を傾ける柔らかさが印象的です。現場のベテランの話を聞くとき、まず遮らずに語らせることの大切さを示しています。
この章句が説くこと
傾聴実地の知恵謙虚経験聞く姿勢
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