言志四録 / 言志後録 第二百十二条 老人の話は記すべし
老人話不可苟聞。必記之可也。聞藥方亦必箚記。益人不少。
新字:老人話不可苟聞。必記之可也。聞薬方亦必箚記。益人不少。
書き下し
老人の話は苟くも聞く可からず。必ず之を記して可なり。薬方を聞くも亦必ず箚記せよ。人を益すること少からず。
現代語訳
老人の話は、いいかげんに聞き流してはならない。必ずこれを書き留めておくのがよい。薬の処方を聞いたときもまた、必ず書き留めておけ。人のためになることが少なくない。
解説
年長者の話を聞き流さず、書き留めておけと勧める条です。老人の話には、長い経験を通じて確かめられた知恵や、書物には載らない出来事の記憶が含まれています。薬の処方も同じで、民間に伝わる経験的な知識は、記録しなければ失われてしまいます。一斎自身、四十年以上にわたって思いついたことを書きためて『言志四録』を編んだ人であり、記録することの価値をよく知っていました。聞いたときは覚えているつもりでも、時がたてば細部は消えます。職場の先輩や退職していく人が持つ経験知をどう残すかは、今の組織にとっても大きな課題です。話を聞き、書き留める習慣の大切さを示す条です。
この章句が説くこと
記録経験傾聴伝承
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