言志四録 / 言志後録 第二百十三条 老錬の人の話頭
文儒一概蔑視武人俗吏。太錯也。老鍊人話頭。往往起予。
新字:文儒一概蔑視武人俗吏。太錯也。老錬人話頭。往往起予。
書き下し
文儒の一概に武人俗吏を蔑視するは、太だ錯れり。老錬の人の話頭、往往予を起す。
現代語訳
学問をする儒者が、武人や実務の役人を一律に見下すのは、大きな誤りである。経験を積んだ老練な人の話は、しばしば私の心を啓発してくれる。
解説
学者が武士や実務に携わる役人を見下すことを、一斎ははっきり誤りだと言います。「予を起す」は『論語』八佾篇で孔子が弟子の子夏に「予を起す者は商なり」と言った言葉を踏まえ、自分の考えを引き出し啓発してくれるという意味です。一斎は儒官でありながら岩村藩の家老の家に生まれ、藩政にも関わった人で、実務の現場の知恵を軽んじませんでした。書物の知識だけでは見えないことを、現場を長く踏んできた人は知っています。専門職や管理部門にいる人が、現場で働く人の言葉をどれだけ真剣に聞いているか。立場の違う人から学ぶ姿勢を問い直させる一条です。
この章句が説くこと
謙虚実務傾聴経験
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