言志四録 / 言志晩録 第二百一条 霊亀は舎つべからず
舍爾靈龜。觀我朶頤。靈龜不可舍矣。凡覬諸外者。皆朶頤之觀也。
新字:舎爾霊亀。観我朶頤。霊亀不可舎矣。凡覬諸外者。皆朶頤之観也。
書き下し
「爾の霊亀を舎てて、我を観て頤を朶る」と。霊亀は舎つべからず。凡そ諸を外に覬ふ者は、皆朶頤の観なり。
現代語訳
(『易』頤卦に)「おまえの霊妙な亀を捨てて、私を見ながら顎を垂らして物欲しげにしている」とある。霊妙な亀は捨ててはならない。およそ外に物を求めて望む者は、皆この顎を垂らして眺める類である。
解説
『易』頤の卦の初九の爻辞「爾の霊亀を舎てて、我を観て頤を朶る。凶」を引いた条です。霊亀は、飲まず食わずでも生きるとされた霊妙な亀で、自分の内に備わる尊い徳や能力のたとえです。「頤を朶る」は顎を垂らしてよだれを流し、人の食べ物を物欲しげに眺める姿です。自分の宝を捨てて他人の持つものを羨むのは凶だと易は言います。一斎はこれを広げ、外に何かを求めてうかがう者はすべてこの姿だと断じます。前の数条で貧富や禍福を他人と比べるなと説いた流れの中にあります。他社や他人の成功をうらやむ前に、自分がすでに持っている強みを見失っていないかを問いかける言葉です。
この章句が説くこと
自得羨望易内なる宝足るを知る
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