言志四録 / 言志晩録 第百七十八条 先づ大欲を去る
去人欲。學人皆口之。而工夫太難。余嘗謂當先去大欲。人之大欲。莫如飮食男女。故專戒此二者。余中年以後。此欲漸薄。今則澹然。精神與壯者無太異。可謂幸矣。
新字:去人欲。学人皆口之。而工夫太難。余嘗謂当先去大欲。人之大欲。莫如飲食男女。故専戒此二者。余中年以後。此欲漸薄。今則澹然。精神与壮者無太異。可謂幸矣。
書き下し
人欲を去るは、学人皆之を口にす。而れども工夫太だ難し。余嘗て謂へらく、当に先づ大欲を去るべしと。人の大欲は、飲食男女に如くは莫し。故に専ら此の二者を戒む。余中年以後、此の欲漸く薄く、今は則ち澹然たり。精神、壮者と太だ異なる無し。幸と謂ふべし。
現代語訳
人欲を取り除けとは、学問をする者が皆口にすることである。しかし実際の工夫は非常に難しい。私はかつて、まず大きな欲から取り除くべきだと考えた。人の大きな欲としては、飲食と男女の欲にまさるものはない。そこでもっぱらこの二つを戒めてきた。私は中年以後、この欲がしだいに薄くなり、今ではあっさりとしたものである。気力は壮年の者とさほど変わらない。幸いなことだと言えよう。
解説
宋学の標語「人欲を去る」を、一斎が自分の体験に即して語った条です。人欲を去れと言うのはたやすいが、実際には何から手を付けてよいか分からない。そこで一斎は、『礼記』礼運篇の「飲食男女は人の大欲存す」に拠り、まず最大の二つに的を絞りました。中年以後その欲が薄れ、晩年の今は淡々としていて、しかも気力は若者に劣らないと述べます。晩録は一斎が六十代後半から七十代にかけて書いたもので、老いてなお精神が衰えないことへの実感がにじみます。次の条では逆に小さな欲の方が克ちにくいと続けます。何もかも一度に改めようとせず、最も影響の大きいものから手を付けるという順序の考え方は、習慣を変えたい人にも参考になります。
この章句が説くこと
人欲克己節制養生老い
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