言志四録 / 言志晩録 第百七十七条 自ら吾が心を礼拝す
人當自禮拜吾心。自問安否。以吾心即天之心。吾身即親之身也。是謂事天。是謂終身之孝。
新字:人当自礼拝吾心。自問安否。以吾心即天之心。吾身即親之身也。是謂事天。是謂終身之孝。
書き下し
人は当に自ら吾が心を礼拝し、自ら安否を問ふべし。吾が心は即ち天の心、吾が身は即ち親の身なるを以てなり。是れを天に事ふと謂ひ、是れを終身の孝と謂ふ。
現代語訳
人は自分で自分の心を礼拝し、自分でその安否を問うべきである。なぜなら、自分の心はそのまま天の心であり、自分の身はそのまま親の身だからである。これを天に仕えるといい、これを生涯にわたる孝行という。
解説
自分の心を拝み、その安否を気遣えという、一見奇妙な言い方で修養を説いた条です。根拠は二つあります。心は天から授かったものであり、『孟子』の「其の心を存し其の性を養ふは、天に事ふる所以なり」のとおり、心を大切に保つことがそのまま天に仕えることになる。身は親から受けたものであり、『孝経』の「身体髪膚、之を父母に受く」のとおり、身を損なわず保つことが孝になる。朝夕に親の安否を問うように、自分の心身の具合を問いかける姿勢です。自分を粗末に扱いがちな働き方の中で、自己を大切にすることを甘えではなく天と親への務めとして位置づけ直す視点を与えてくれます。
この章句が説くこと
事天孝自愛心身天人合一
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