酔古堂剣掃 / 集素・但だ半酣を取りて風月と侶と為す
飲酒不可認真,認真則大醉,大醉則神魂昏亂。在書為沉湎,在詩為童羖,在禮為豢豕,在史為狂藥。何如但取半酣,與風月為侶?
新字:飲酒不可認真,認真則大酔,大酔則神魂昏乱。在書為沈湎,在詩為童羖,在礼為豢豕,在史為狂薬。何如但取半酣,与風月為侶?
書き下し
酒を飲むには真に認むべからず、真に認むれば則ち大いに醉ひ、大いに醉へば則ち神魂昏亂す。 書に在りては沉湎と為し、詩に在りては童羖と為し、禮に在りては豢豕と為し、史に在りては狂藥と為す。 何ぞ如かん、但だ半酣を取りて、風月と侶と為すに。
現代語訳
酒を飲むときは本気になってはいけません。本気になれば大いに酔い、大いに酔えば心も魂もぼんやりと乱れてしまいます。『書経』ではそれを沈湎(酒に溺れること)と呼び、『詩経』では童羖(角のない雄羊を出せという酔っ払いのたわごと)と言い、『礼記』では豢豕(豚を飼い酒を造る宴が争いのもとになる話)に結びつけ、史書では狂薬(人を狂わせる薬)と言っています。それよりも、ほろ酔いぐらいにとどめて、風と月を友とするほうがどれほどよいでしょう。
解説
酒は本気で飲むものではなく、ほろ酔いで風流を楽しむものだと説いた一則です。認真は本気になる、真剣になるという意味です。古典が酒の害をどう語ってきたかを四つ並べています。沈湎は『書経』に見える、酒に溺れて我を失うことです。童羖は『詩経』小雅の賓之初筵に見え、酔っ払いが角のない雄羊を出せなどとありもしないことを言う様子です。豢豕は『礼記』楽記に、豚を飼い酒を造るのは禍のためではないのに争いが増えるとあるのを指します。狂薬は酒を人を狂わせる薬と呼んだ史書の言葉です。半酣はほろ酔いで、そこで止めて風月を友とするのが上品な飲み方だと言います。酒との付き合い方の程よさは、今も変わらぬ知恵です。
この章句が説くこと
節制酒風雅中庸養生
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