言志四録 / 言志晩録 第百四十三条 権宮閫に在れば内症なり
大臣弄權。病猶外症。劇劑一瀉。可除也。若權在宮閫。則是內症。雖有良藥不易施。如之何。
新字:大臣弄権。病猶外症。劇剤一瀉。可除也。若権在宮閫。則是内症。雖有良薬不易施。如之何。
書き下し
大臣権を弄するは、病ひ猶ほ外症のごとし。劇剤一瀉すれば、除くべきなり。若し権宮閫に在れば、則ち是れ内症なり。良薬有りと雖も施し易からず。之を如何せん。
現代語訳
大臣が権力をもてあそぶのは、病気でいえば外に現れた症状のようなものである。強い薬で一気に下してしまえば、取り除くことができる。しかしもし権力が奥向き(君主の后妃や側近の女性たち)にあるなら、それは体の内にこもった病である。良い薬があっても容易には施せない。これをどうしたらよいのか。
解説
権力の乱れを病にたとえ、外症と内症に分けた一条です。大臣の専横は表に見えるので、思い切った処置で除くことができます。しかし権力が君主の奥向き、すなわち宮閫に入り込むと、外からは見えず手も届かないため、良薬があっても施しようがない。一斎は「之を如何せん」と嘆息で結んでいます。前後の条で后妃や奥向きの教育を論じているのは、この内症への危機感があるからでしょう。組織においても、表の役職を通じた権力の乱れは正式な手段で正せますが、非公式な人間関係やトップの身近な人を通じて力が働くと、見えにくく正しにくくなります。意思決定の経路が見えるものになっているかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
権力側近政治内憂為政組織の病
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公四年 豎牛、叔孫を餓えしむ長じて而る後に之を逆へしむ。丘蕕に田して、遂に疾に遇ふ。豎牛其の室を亂して之を有たんと欲す。強ひて孟と盟はんとするも、可かず。叔孫孟の為に鍾を為りて曰く、「爾未だ際(まじ)はらず。大夫を饗して以て之を落せ」と。既に具はる。豎牛をして日を請はしむ。入りて謁せず。出でて之に日を命ず。賓至るに及び、鍾の聲を聞く。牛曰く、「孟に北婦人の客有り」と。怒りて將に往かんとす。牛之を止む。賓出づ。拘へて諸を外に殺さしむ。牛又強ひて仲と盟はんとするも、可かず。仲公の御萊書と公に觀る。公之に環を與ふ。牛をして入りて之を示さしむ。入りて示さず。出でて之を佩びよと命ず。牛叔孫に謂ふ、「仲を見えしめば何如」と。叔孫曰く、「何為れぞ」と。曰く、「見えしめずとも、既に自ら見えたり。公之に環を與へて之を佩べり」と。遂に之を逐ふ。齊に奔る。疾急なり。仲を召せと命ず。牛許して召さず。杜洩見ゆ。之に飢渴を告げ、之に戈を授く。對へて曰く、「之を求めて至る、又何ぞ去らん」と。豎牛曰く、「夫子疾病なり、人を見るを欲せず」と。饋を個に寘きて退かしむ。牛進めず。則ち虛を置きて徹せしむ。
-
『韓非子』難四第三十九今未だ其の得る所以有らずして、而も其の處る所以を行う。是れ義を倒にして徳に逆うなり。
-
論語・陽貨篇陽貨、孔子に見えんと欲す。孔子見えず。孔子に豚を帰す。孔子その亡きを時として往きてこれを拜す。塗にこれに遇う。陽貨曰わく、来れ、予、事有り。曰わく、宝を懐いてその邦に迷う、仁と謂うべけんや。曰わく、不可なり。事を好みて時を亟(しばしば)失う、知と謂うべけんや。曰わく、不可なり。曰わく、日月逝けり、歳我を与えず。孔子曰わく、諾、吾将に仕えんとす。
-
史記 范雎蔡沢列伝秦の太后・穣侯・華陽・高陵・涇陽有るを聞きて、その王有るを聞かざるなり。夫れ国を擅にする、これを王と謂ひ、能く利害する、これを王と謂ひ、殺生の威を制する、これを王と謂ふ。今、太后は擅に行ひて顧みず、穣侯は出使して報ぜず、華陽・涇陽等は撃断して諱む無く、高陵は進退して請はず。四貴備はりて国危ふからざる者は、未だこれ有らざるなり。此の四貴の者の下と為るは、乃ち所謂王無きなり。然らば則ち権安んぞ傾かざるを得ん、令安んぞ王より出づるを得んや。臣聞く、善く国を治むる者は、乃ち内にその威を固めて外にその権を重くすと。穣侯の使者は王の重きを操り、制を諸侯に決し、符を天下に剖き、政適(てき)して国を伐つ、敢へて聴かざる莫し。戦ひ勝ち攻め取らば則ち利は陶に帰し、国獘れて諸侯に御せらる。戦ひ敗るれば則ち怨みを百姓に結び、而して禍は社稷に帰す。詩に曰く『木の実繁き者はその枝を披き、その枝を披く者はその心を傷つく。その都を大にする者はその国を危ふくし、その臣を尊ぶ者はその主を卑しくす』と。崔杼・淖歯は斉を管し、王の股を射、王の筋を擢き、これを廟の梁に県け、宿昔にして死す。李兌は趙を管し、主父を沙丘に囚へ、百日にして餓死せしむ。今、臣聞く、秦の太后・穣侯事を用ひ、高陵・華陽・涇陽これを佐け、卒に秦王無し、此れまた淖歯・李兌の類なり。且つ夫れ三代の国を亡ぼしし所以の者は、君専ら政を授け、酒を縦にし馳騁弋猟して、政事を聴かざればなり。その授けられし所の者は、賢を妒み能を嫉み、下を御し上を蔽ひ、以てその私を成し、主の為に計らず、而して主覚悟せず、故にその国を失ふ。今、有秩より以上諸大吏に至るまで、下は王の左右に及ぶまで、相国の人に非ざる者無し。王の独り朝に立つを見、臣竊かに王の為に恐る、万世の後、秦国を有つ者は王の子孫に非ざらんことを」と。昭王これを聞きて大いに懼れて曰く、「善し」と。是に於いて太后を廃し、穣侯・高陵・華陽・涇陽君を関外に逐ふ。秦王乃ち范睢を拝して相と為す。
-
論語・季氏篇孔子曰く、天下に道有れば、則ち礼楽征伐は天子より出づ。天下に道無ければ、則ち礼楽征伐は諸侯より出づ。諸侯より出づれば、蓋し十世にして失わざるは希なり。大夫より出づれば、五世にして失わざるは希なり。陪臣国命を執れば、三世にして失わざるは希なり。天下に道有れば、則ち政は大夫に在らず。天下に道有れば、則ち庶人は議せず。
-
説苑・尊賢斉の将軍田瞶出でて将たらんとす。張生郊に送りて曰く、「昔者堯許由に天下を譲るに、耳を洗いて受けず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「伯夷叔斉諸侯の位を辞して為さず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「於陵の仲子三公の位を辞して傭われて人の為に園に灌ぐ、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「智過君の第を去り、姓名を変じ、免れて庶人と為る、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「孫叔敖三たび相を去りて悔いず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「此の五大夫は、名は之を辞すれども実は之を羞ずるなり。今将軍方に一国の権を吞み、鼓を提げ旗を擁し、堅を被り鋭を執り、十万の師を旋回し、斧鉞の誅を擅にす、慎みて士の羞ずる所の者を以て士に驕る勿かれ」と。田瞶曰く、「今日諸君皆瞶が為に祖道して酒脯を具うるに、先生独り之に教うるに聖人の大道を以てす、謹んで命を聞けり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る