言志四録 / 言志晩録 第百四十条 勤倹の風は此より起こる
關雎之化。在葛覃卷耳。勤儉之風。宜自此起基。
新字:関雎之化。在葛覃巻耳。勤倹之風。宜自此起基。
書き下し
関雎の化は、葛覃・巻耳に在り。勤倹の風、宜しく此より基を起こすべし。
現代語訳
関雎の詩が示す教化の実際は、それに続く葛覃と巻耳の詩にある。勤勉で倹約な気風は、まさにここから基礎を築くべきである。
解説
前条に続き『詩経』周南の詩を手がかりにした一条です。「葛覃」は后妃が自ら葛を煮て布を織り、質素な衣を着る姿をうたい、「巻耳」は野に出て菜を摘みながら遠くの君を思う姿をうたった詩とされます。一斎は、関雎の教化とは抽象的な徳ではなく、こうした勤勉と倹約の具体的な暮らしぶりに表れるのだと言います。そして国の勤倹の気風は、上に立つ者の家庭のこうした日常から築くべきだと説きます。上の者が質素に働く姿を見せてこそ、下にも勤倹の風が広がります。組織に倹約や勤勉を求めるとき、まず上に立つ人自身の日々の振る舞いにそれが表れているかどうかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
勤倹教化率先垂範家庭詩経
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