言志四録 / 言志晩録 第百三十六条 水至って清ければ魚無し
水至清則無魚。木過直則無蔭。爲政者之深戒也。彼有遺秉。此有滯穗。伊寡婦之利。飜做政事。亦儘好。
新字:水至清則無魚。木過直則無蔭。為政者之深戒也。彼有遺秉。此有滞穂。伊寡婦之利。翻做政事。亦儘好。
書き下し
水至って清ければ則ち魚無く、木過ぎて直なれば則ち蔭無し。政を為す者の深戒なり。「彼に遺秉有り、此に滞穂有り、伊れ寡婦の利」、飜して政事と做すも、亦儘く好し。
現代語訳
水があまりに清らかだと魚は棲まず、木があまりにまっすぐだと木陰ができない。これは政治を行う者が深く戒めとすべきことである。『詩経』に「あちらには刈り残した稲束があり、こちらには落ち穂が残っている。これは身寄りのない寡婦の取り分である」とある。これを政治のことに当てはめて考えても、まことによい。
解説
「水清ければ魚棲まず」は『孔子家語』などに見える古い格言で、厳しすぎる政治は人を遠ざけることのたとえです。一斎はこれに「木過ぎて直なれば蔭無し」を添え、さらに『詩経』小雅「大田」の句を引きます。収穫の際にわざと刈り残しや落ち穂を田に置き、身寄りのない寡婦が拾えるようにしたという古代の慣わしです。取り立てを隅々まで徹底せず、弱い者のための余地を残しておく。それが政治の温かみだというのです。規則や管理を完璧にしようとするほど、人は息苦しくなり、弱い立場の人の逃げ場がなくなります。組織の運営に、あえて残しておく余白があるかどうかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
寛容余白為政厳格さの戒め弱者への配慮
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