言志四録 / 言志晩録 第百二十九条 世に棄人無し
物得所。是爲治。事乖宜。是爲亂。猶治園也。樹石位置。得其恰好。則朽株敗瓦。亦皆成趣。故聖人之治。世無棄人。
新字:物得所。是為治。事乖宜。是為乱。猶治園也。樹石位置。得其恰好。則朽株敗瓦。亦皆成趣。故聖人之治。世無棄人。
書き下し
物所を得る、是れを治と為す。事宜しきに乖く、是れを乱と為す。猶ほ園を治むるがごときなり。樹石の位置、其の恰好を得れば、則ち朽株敗瓦も、亦皆趣を成す。故に聖人の治は、世に棄人無し。
現代語訳
物がそれぞれふさわしい場所を得ている状態を治まっているといい、物事がそのあるべきあり方に背いている状態を乱れているという。それは庭を造るのに似ている。木や石の配置がちょうどよく収まっていれば、朽ちた切り株や割れた瓦でさえ、みな趣のある景色となる。だから聖人の政治においては、世の中に見捨てられる人がいない。
解説
治と乱の違いを、庭造りのたとえで説いた一条です。治まるとは、あらゆるものが所を得ていること。庭では木や石の配置さえよければ、朽ちた株や割れた瓦も景色の一部として趣を添えます。同じように、すぐれた治世では、どんな人にもふさわしい居場所と役割があり、無用の人はいない、と一斎は言います。人を良し悪しで選り分けるのではなく、配置によって活かすという発想です。『老子』にも「聖人は常に善く人を救ふ、故に棄人無し」とあり、儒者の一斎がこの句を響かせているのも興味深いところです。人が活きないのは本人の問題か、それとも置き場所の問題か。人員配置を考えるうえで立ち返りたい視点です。
この章句が説くこと
適材適所治と乱人を活かす為政配置
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